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Be praying. Be praying. Be praying.
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少年陰陽師・紅勾。真紅~の後。
いつものようにいつものごとく意味不明。



酸素にー触れたあーかーはやがて黒にちーかづきしーめーすー
別にStarDustは何の関係もない。

 夕日に照らされた潮風が褐色の体を叩いていく。瞼を閉じていてなおも目に届く光は、さざめく水面に一筋の道を描いているのだろう。その光色は空も海も一面くれないである中においてひときわ輝き、時たま真夏の海より透明な瑠璃色をちらちらと見せている。とろとろの太陽は目を逸らしたいほどに紅く、水平線の底へ沈もうとしている。薄く開いた視界には想像と違わぬ、そして先程と変わらぬ景色しか映らなかった。再び目を閉じ、何者かから逃れるように細く細く息を吐く。消えてしまいたくなるほどに美しい光景だ。
 この風景はいい。ここで息をしているというだけで耐えがたい痛みが血液に乗って循環する。それにひどく安堵する。痛みが心臓に溜って最後に張り裂けてしまえばいいのにと思う。そうして無為に呼吸のみを繰り返すうち、自分というものが少しずつ弾けて、皮膚の下が空洞になっていく感覚がする。内側から広がる虚無感はやがて思考さえも飲みこんで、麻痺してしまった自我に包まれ、彼はようやく、安寧を得る。このまま目を閉じていれば気づかぬうちにすっと消滅できてしまいそうだ。
「……こんなところで、何をしている」
 不意に背後から声が降りかかった。夕日よりも透明な声だ。気配にも足音にもとうに気が付いていて無視をしていたのだから、少しくらいそのことを察してくれてもいいものを。思いながら緩慢に振り返る。
「勾」
 夕焼けのせいで、衣や髪を含めた全身がほのかに赤い女の姿が、本当に、消えてしまいたいほど美しいと思った。
 勾陣は分かりやすく呆れの仮面をかぶっていた。珍しい。勾陣の仮面はいつだって完璧で、彼女が浮かべる表情の下に隠しこんだ感情を見せてしまうことなど有り得ないと言ってよかった。透明な仮面の下では自責と他責がせめぎ合って痛みの色を産んでいた。
「どうした、こんなところに」
 紅蓮はため息のように笑った。勾陣の視線が鋭くなる。
「質問に同じ質問で答えるな」
「……昌浩の容体に、障ったらいけないから。成親もいるしな」
 勾陣の空気がますます刺々しくなる。透明な仮面は別のものに取り替えられ――それが素顔なのか完璧な仮面なのか紅蓮に判断する術はない――忌々しげに紅蓮を見下ろしながら、彼女の声音だけは不自然なほどに静かだった。
「成親はともかく、昌浩がお前の神気でどうこうなるわけがない。生まれたばかりでお前に笑いかけた人間だぞ? それに、気になるなら、あの異形の姿を取っていればいい話だろう」
「気分だ」ただ、なんとなく、そしてどうしようもなく。「この姿のままで、いたかった」
 勾陣は何も返さず、紅蓮の隣へ腰を下ろした。

 紅蓮はそっと自分の頬に触れた。勾陣に殴られた箇所だ。伽羅の香よりはるかに乱暴に紅蓮が引き戻されたのも、このように美しい夕暮れ時のことだった。
 落日はいやにゆっくりと進んでいく。
 勾陣は何も言わない。
「何か用があったんじゃないのか」
 尋ねるが、勾陣は否と言った。近くに気配がないから気になっただけだと。
「物好きだな」
「自覚はあるよ」
 あっさりと肯定されて裏切られたような気分になった。紅蓮の台詞は確信的なものであったにも関わらず、だ。神将中もっとも物好きなのは間違いなく勾陣であると紅蓮は断言する。晴明という共通点が生まれる前から積極的に紅蓮と交わろうとしたものなどこの女くらいだった。異界の空気に漂う精霊でさえ距離を置く十二神将騰蛇に、この女がどんな興味を抱いたのか、紅蓮は知らない。同胞と言っても個々の繋がりは決して色濃くなかった時代に天后と言う至上の友を持つ特例でありながら、彼女は同時に関わる必要のない騰蛇にはたらきかけてきた特例でもあった。
「分からないんだ」
 そう、いつでも彼女は特例だ。たとえば紅蓮が剥き出しの本音を曝け出せる特例。
「何も、分からない。だけど、ここは一番、あかいだろう」
 立てた片膝に額を押しつける。泣いているように見えるかもしれない、と思った。涙になるほどの感情は紅蓮の中に残ってなどいなかった。あまりに過ぎた感情は他のすべてを駆逐して魂を焼け野原にしてしまう。
「自虐的だな」
 勾陣が息を吐いた音がする。
 淡々とした声からは彼女の表情が窺えない。
「お前にとってすべての赤は罪なのか」
 のろのろと顔を上げると、勾陣は目を細めて夕焼けを見つめていた。黄昏に染まる横顔が、何度見ても綺麗だと思った。勾陣の視線の先を追うと、夕日は今にも海に溶けだしてしまうのではと疑うほど澄みやかにとろけていた。美しいはずの色彩に、枯渇したはずの魂がさらに干からびていく。
 いっそ本当に何も分からなくなれば楽なのに。
 紅蓮は己の逃げ道を否定する程度には聡明だったが、自ら塞いだ逃げ道はどうしようもなく恋しかった。
 それでもずいぶん楽になった方だ。時とは恐ろしい薬である。今少しすれば最低限に潤いはじめよう。――紅蓮は立ち直らなければならない。五十余年前のように、目を閉じ耳を塞ぎ自らを隔絶することを昌浩は優しく許さなかったから。紅蓮によって取り返しもつかないほど傷つけられた少年は、残酷に彼を赦し、ともに在れと強いた。
 それは昌浩の優しさであったが、断罪なのか救いなのかは、分からない。

 再び勾陣を見る。視線に気づいたのか、彼女はゆったりと紅蓮を見つめた。二人の髪が潮風に煽られて耳元で音をたてる。淡々とした声音同様、勾陣の表情は無に近かった。それでも力ない微笑みのまま表情筋の動かし方を忘れてしまっている今の紅蓮よりはよほど生き生きとした顔をしていた。
「答えろ」
 有無を言わさぬ強い響きだ。気遣ってなどやるものかと言いたげな。
 返答の代わりに目を閉じる。
「騰蛇」
 答えるまで許さぬと言わんばかりの気配を彼は敢えて無視した。口を開くのがひどく億劫だ。俺は今何も考えていないのだろうと考えて、その矛盾が可笑しかった。
 風の音ばかりがうるさい。
「――血は」
 それを引き裂いて勾陣が言う。
「確かに赤いが、流れて時がたてば、徐々に黒くなっていく」
 のろりと瞼を開ける。眩しい。勾陣は紅蓮をなおも真っ直ぐ見据えていた。深い深い双眸だけが赤に上書きされることなく、何物にも侵されない輝きを有している。綺麗だ。自分に注がれるには過ぎたものだと純粋に思った。卑屈な理由の介入する余地などどこにもないほど素直にそう思った。
 彼女は自身の髪をひと房、指でつまみ、寂しげに微笑んだ。

「騰蛇。ならばお前にとって、私のこの色は、『罪』か?」

「――まさか!」
 叫んでいたのは反射に近かった。彼女の細腕を掴んでいたのも反射だった。気がついた時にはすでに、勾陣の腕は彼の手の中にあったので。勾陣は紅蓮の手を振りほどこうとはしなかった。優しく、母のように微笑み、林檎の香のように首を傾げただけだった。
 紅蓮の乾いた唇がわなないた。
「そんなばかなことがあるわけない」
「……そうだな、ばかなことだよ」
「…………そんな、ばかなことが」
「うん。ならば、お前は私の持つ黒をどう思う?」
「夜」
 考える間もなく、言葉が口をついていた。一瞬、己の発言に呆然として、これ以上なく的確な答えに満足した。
 彼女の黒は夜だと思う。深く、優しく、甘く、尊く。時に鋭く、しかしそれは自分以外の何かを包み込み守るため。静かで安寧な眠りをもたらすもの。眠りは時に死へと通じるが、同時に明日の呼吸へも繋がっている。
 そして何より、夜は、絶対的に美しい。
「なぁ騰蛇、同じなのだと、分からないか? 私の黒を、罪に通じる色ではないとお前は言う。同じように、晴明も、昌浩も、もちろん私もだ、お前の紅を罪の色だとは思わない。私の色を、お前は夜だと言った。同じように、晴明はお前の紅を蓮と言い、昌浩は夕焼けと言った」
 紅蓮の手から勾陣が逃げる。その手はついと伸ばされ、風に煽られる紅蓮の髪に触れた。紅蓮が慄いた一瞬のうちに、その手はさらりと髪を撫でつけて離れてしまう。吐き気のような寂寥感を覚えた。
「私は、お前の色も、この景色も、ただ美しいとだけ思うよ」
 ふい、と勾陣は顔を背け、それきり何も言わずに沈みゆく夕日を眺めていた。紅蓮は何も言えなかった。いや、「勾、お前は」そう言いさして、彼女に中断させられたのだ。私が言いたかったことはすべて言った、勝手な憶測はするな。突き放すような語調で、声音だけが異常とも言えるほど柔らかかった。
「お前には時がある」
「……時?」
「この夕焼けを純粋に美しいと思えないだなんて損をしているぞ、騰蛇。血よりも綺麗な紅なんて、他にもたくさんあるだろう」
「紅が、血ではなくて、もっと綺麗なものを思えるような日が、来ると?」
 訪れるのか、そんな日が。――訪れてもいいのか、こんな身に。こんな魂に。
 勾陣は紅蓮を見もせずに笑った。紅蓮のよく見る、挑発的で自信に溢れた笑みだった。
「来るさ。――信じろ、この私が言っているんだから」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 そして、紅蓮は後に笑うことになる。
 勾、お前は嘘つきだ。

「俺が見た中で一番綺麗な紅色は、お前の流す血の色だった」

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無題
画集はお金ためなきゃ買えない状況になってしまいました;;
はよためな・・・
もちろん新刊はかえますけどね!!? ←
白竜 2010/08/31(Tue)17:19:44 編集
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碧波 琉(あおば りゅう)
少年陰陽師・紅勾を中心に絶えず何かしら萌えor燃えている学生。
楽観主義者。突っ込み役。言葉選ばなさに定評がある。
ひとつに熱中すると他の事が目に入らない手につかない。

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