Be praying. Be praying. Be praying.
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どうか、どうか、そうであれ。
最近片思い書くの苦手になってきてる気がしてならない。
あと天狐編後てすごく便利だと思います(便利言うな)
最近片思い書くの苦手になってきてる気がしてならない。
あと天狐編後てすごく便利だと思います(便利言うな)
重い瞼をゆっくりと持ち上げたとき、世界は奇妙に朧がかって見えた。思考もうまく働かない。何かを認識するより先に、胸元から緩慢に鈍痛が響き渡り、呼吸を阻む。再び目を閉じてそれに耐え、消えてはくれない痛みに慣れるのを待って、またゆっくりと瞼を上げた。ぼんやりした、しかし先ほどより幾分かは晴れてくれた視界に、ひょこりと紅い髪がこちらを覗き込んでいることを知る。騰蛇、と呼びかけようとしたが、声は出ない。手を動かそうとしたが、指先が砂を掻くことすらなかった。
「勾……」
紅蓮はほっと頬を緩めたが、すぐに胡乱げに眉を潜める「勾?」
応えたかったが、傷を癒すことだけを最優先に考えているらしい肉体は、彼女の意志を裏切り、まだほとんど眠っている状態だった。何度か瞬きを繰り返す。応えられない分だけ、何か重たいものが自分の中に降り積もって凍ってゆくのを感じていた。
紅蓮は少し焦ったように身を乗り出したが、すぐに肩の力を抜いた。ふと、視界が暗くなる。彼の手が彼女の目元を覆ったのだった。炎を操るはずの手はひんやりしていたが、ひどく心地よかった。促されるままに、目を閉じる。
「悪い、起こしたな。無理するな。まだ、眠って、休んでろ」
その声は勾陣が今まで紅蓮から向けられてきたどんな声よりも優しく、それでいてどんな声よりも不用意に彼女の心を刺激した。……いや、違う。遠くない過去に、まだどうしようもなく鮮明な記憶の中に、同じような声がある。
戻ってこい。
――慧斗。
深い、深い、覚悟と願いをたたえた声だった。
それを合図に、霞んだ思考が、部分的に、明瞭になる。そして、慧斗、と、その音が幾度も幾度も反響した。
現実の彼が、また勾と言った。皮膚の硬い手が額に当てられ、頬に触れ、髪を撫でた。確かめるような手つきに、心臓がきりりと悲鳴を上げた。それは傷の痛みと響きあい、人知れず彼女を蝕んでゆく。いつもなら自身を守ってくれるはずの堅牢な理性は、肉体と同様に眠ったままでいるようだった。だから剥き出しの感情はなすすべもなく震えるばかりで、記憶の中の彼が慧斗と口にするたびに、つまびらかに暴かれてゆく。
勾陣は紅蓮が欲しかった。ずっとずっと、欲しかった。しかしいくら手を伸ばしても、彼が返してくるのは美しい友情でしかなかったから、彼女は諦めることを覚え、ゆっくりと死んでくれる日を待ち望みながら、身の内で想いを飼っていた。隠すことはたやすかった。見ぬふりをすることもたやすかった。何事もなければ、そのまま、いつか終わってくれるはずだった。――その、はずだった。しかし解き放たれてしまった。他の誰でもない、想った男の手によって。
体が動いてくれなくてよかったと、彼女は心底そう思った。もしも自由があったなら、何をしてしまうか分かったものではなかった。
「……勾、眠った…か?」
――慧斗。
「…………なあ、勾」
響き合う。重なる。
「お前が」
そして彼女を蝕んでゆく。
「お前が生きててくれて、いなくならないでくれて、よかった」
どうしようもなく、焦がれてゆく――
勾陣は紅蓮が欲しかった。ずっとずっと、欲しかった。だからこそ美しい友情に、彼女は諦めることを覚えるしかなかった。そのための理由をいくつも探した。いくら理由を並べ立てても、彼女の利己心は無理矢理にでもそれらを論破していった。主以外に大事なものなどいても邪魔なだけだ――いいやすでに天后がいる。ならば天后だけで手一杯だ――そんなこと誰にも分からない。どうしようもない一瞬が来たときに苦しむだけだ――今のままだってどうせ苦しむ。そして最後に一つだけ残ってくれたものは、紅蓮にとって勾陣は何かしらの唯一ではなく取るに足らない些末な一つでしかないという事実だった。それだけはどんな理屈でもひっくり返しようがなかった。いくら対峙しようとしたところで、愚かしい自惚れを際立たせるばかりだった。それが、最後の枷だった。
けれども、揺らぐ。蝕まれる。唯一でなくとも些末ではないと、他ならぬ紅蓮がそう言っている。恐ろしかった。勾陣は自分をよく知っていた。努めて諦めねばならぬほどの烈しい心を、知っていた。
大きな手の感触が離れてくれない。
動かなかったはずの体が、唇だけが、小さく震えた。とうだ。声は出なかった。たぶん、彼は気づかなかった。紅蓮の纏う空気に変化はなかった。勾陣は、それにひどく安堵した。
少しずつ意識が沈んでゆく。深度に比例するかのように、記憶の残響がより強くなる。慧斗。希う、声が。痛みを孕み、恐怖を宿し、ひたむきに彼女を乞うている。見たことすらない夢のようだった。
ああ、そうだ、夢だ。きっとこれは夢なのだ。だからこんなに彼女に都合がいい。欲しいと思った男が名を呼び、この身に触れて、生きていてよかったと言う、こんなご都合主義が叶うわけがない。夢だ。夢なのだ。そうでなくては困る。そうでなくてはどうしようもなくなる。諦めることができなくなる。夢だ。そうでなくては一時の迷いだ。そう、彼が名前を呼んだから。強力な呪を使われて、黄泉路から彼女を引き戻した副作用として、少しだけ勾陣を惑わせているのだ。そのせいだ。この恋が叶いそうな道筋を見つけたからではない。決して。心がこんなに痛いのも、目頭がひどく熱いのも。
ぜんぶ、夢の、せいなのだ。
――意識が深くに飲まれる刹那、そうではないよとあやすように、やさしい声に名を呼ばれた気が、した。
「勾……」
紅蓮はほっと頬を緩めたが、すぐに胡乱げに眉を潜める「勾?」
応えたかったが、傷を癒すことだけを最優先に考えているらしい肉体は、彼女の意志を裏切り、まだほとんど眠っている状態だった。何度か瞬きを繰り返す。応えられない分だけ、何か重たいものが自分の中に降り積もって凍ってゆくのを感じていた。
紅蓮は少し焦ったように身を乗り出したが、すぐに肩の力を抜いた。ふと、視界が暗くなる。彼の手が彼女の目元を覆ったのだった。炎を操るはずの手はひんやりしていたが、ひどく心地よかった。促されるままに、目を閉じる。
「悪い、起こしたな。無理するな。まだ、眠って、休んでろ」
その声は勾陣が今まで紅蓮から向けられてきたどんな声よりも優しく、それでいてどんな声よりも不用意に彼女の心を刺激した。……いや、違う。遠くない過去に、まだどうしようもなく鮮明な記憶の中に、同じような声がある。
戻ってこい。
――慧斗。
深い、深い、覚悟と願いをたたえた声だった。
それを合図に、霞んだ思考が、部分的に、明瞭になる。そして、慧斗、と、その音が幾度も幾度も反響した。
現実の彼が、また勾と言った。皮膚の硬い手が額に当てられ、頬に触れ、髪を撫でた。確かめるような手つきに、心臓がきりりと悲鳴を上げた。それは傷の痛みと響きあい、人知れず彼女を蝕んでゆく。いつもなら自身を守ってくれるはずの堅牢な理性は、肉体と同様に眠ったままでいるようだった。だから剥き出しの感情はなすすべもなく震えるばかりで、記憶の中の彼が慧斗と口にするたびに、つまびらかに暴かれてゆく。
勾陣は紅蓮が欲しかった。ずっとずっと、欲しかった。しかしいくら手を伸ばしても、彼が返してくるのは美しい友情でしかなかったから、彼女は諦めることを覚え、ゆっくりと死んでくれる日を待ち望みながら、身の内で想いを飼っていた。隠すことはたやすかった。見ぬふりをすることもたやすかった。何事もなければ、そのまま、いつか終わってくれるはずだった。――その、はずだった。しかし解き放たれてしまった。他の誰でもない、想った男の手によって。
体が動いてくれなくてよかったと、彼女は心底そう思った。もしも自由があったなら、何をしてしまうか分かったものではなかった。
「……勾、眠った…か?」
――慧斗。
「…………なあ、勾」
響き合う。重なる。
「お前が」
そして彼女を蝕んでゆく。
「お前が生きててくれて、いなくならないでくれて、よかった」
どうしようもなく、焦がれてゆく――
勾陣は紅蓮が欲しかった。ずっとずっと、欲しかった。だからこそ美しい友情に、彼女は諦めることを覚えるしかなかった。そのための理由をいくつも探した。いくら理由を並べ立てても、彼女の利己心は無理矢理にでもそれらを論破していった。主以外に大事なものなどいても邪魔なだけだ――いいやすでに天后がいる。ならば天后だけで手一杯だ――そんなこと誰にも分からない。どうしようもない一瞬が来たときに苦しむだけだ――今のままだってどうせ苦しむ。そして最後に一つだけ残ってくれたものは、紅蓮にとって勾陣は何かしらの唯一ではなく取るに足らない些末な一つでしかないという事実だった。それだけはどんな理屈でもひっくり返しようがなかった。いくら対峙しようとしたところで、愚かしい自惚れを際立たせるばかりだった。それが、最後の枷だった。
けれども、揺らぐ。蝕まれる。唯一でなくとも些末ではないと、他ならぬ紅蓮がそう言っている。恐ろしかった。勾陣は自分をよく知っていた。努めて諦めねばならぬほどの烈しい心を、知っていた。
大きな手の感触が離れてくれない。
動かなかったはずの体が、唇だけが、小さく震えた。とうだ。声は出なかった。たぶん、彼は気づかなかった。紅蓮の纏う空気に変化はなかった。勾陣は、それにひどく安堵した。
少しずつ意識が沈んでゆく。深度に比例するかのように、記憶の残響がより強くなる。慧斗。希う、声が。痛みを孕み、恐怖を宿し、ひたむきに彼女を乞うている。見たことすらない夢のようだった。
ああ、そうだ、夢だ。きっとこれは夢なのだ。だからこんなに彼女に都合がいい。欲しいと思った男が名を呼び、この身に触れて、生きていてよかったと言う、こんなご都合主義が叶うわけがない。夢だ。夢なのだ。そうでなくては困る。そうでなくてはどうしようもなくなる。諦めることができなくなる。夢だ。そうでなくては一時の迷いだ。そう、彼が名前を呼んだから。強力な呪を使われて、黄泉路から彼女を引き戻した副作用として、少しだけ勾陣を惑わせているのだ。そのせいだ。この恋が叶いそうな道筋を見つけたからではない。決して。心がこんなに痛いのも、目頭がひどく熱いのも。
ぜんぶ、夢の、せいなのだ。
――意識が深くに飲まれる刹那、そうではないよとあやすように、やさしい声に名を呼ばれた気が、した。
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