Be praying. Be praying. Be praying.
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幾重に積もった孤独を溶かす。
ポメラの中に入っていた何か月か前の落書きを発掘。紅勾。
確か眠たげな姐さんが書きたいだけの話だった気がする。
話は一気に書き上げないと間を開けたらその後が書きづらくって仕方ない。
ポメラの中に入っていた何か月か前の落書きを発掘。紅勾。
確か眠たげな姐さんが書きたいだけの話だった気がする。
話は一気に書き上げないと間を開けたらその後が書きづらくって仕方ない。
紅蓮はうとうととまどろむ勾陣の髪をくしゃりと撫でてやった。半分寝ている状態の彼女は心地よさそうに、文字では表しがたい、声というより鳴き声に近いような音で猫のようにのどを鳴らした。薄く弛められたきれいな唇につられたように、慣れない奇妙なくすぐったさを覚えて紅蓮は微笑んだ。
神族たる十二神将は当然ながら睡眠など必要としないが、ほかの神族とは異なり人の思いから生じたゆえだろうか、神族の中でも肉体的・精神的性質双方ともに人間に近い部分がある。あくまで神族の中では、比較的、である。そのためかは断言できないが、行為の後は眠たくなる。勾陣など疲れもあるのだろうが普段の女王然とした様子はすっかりなりを潜めて少女のように無防備で愛らしいのだから紅蓮としてはたまったものではない。良い意味で落差が激しすぎるのだ。普段からこうなら可愛いのにと思うのだが、残念なことにもしそうであるならきっと紅蓮は勾陣に惚れていない。
眠りを促すように指先でさらりと黒髪を弄び、てのひらで頭から頬にかけての輪郭を感情のままに撫ぜていたのだが、その意に反してふと勾陣がうっすら瞼を開けた。
「勾?」
眠気が失せたというわけではなさそうで、黒曜石の双眸はぼんやりしている。
「どうした?」
見上げる視線を絡めとり、地面に肘を突いてその距離を縮める。そうとう眠いようで、落ちかける瞼をどうにかとどめようとして表情が若干くしゅりと歪んでいる。眠いなら寝てしまえばいいのに、と思いながら紅蓮は優しく促した。
「……神気」
「は?」
ぼそりと落っこちた言葉に、紅蓮は甘やかな空気も忘れてそらきたと身構えた。彼女の気まぐれだけは年中無休で絶賛活動中である。たまに休んでくれと言いたい。紅蓮の心の平穏のために。
何で分からないんだ、とでも言うように少し不機嫌を張り付けた勾陣は、再び億劫そうに口を開いた。紅蓮からすれば分かるわけないことを分かってほしい。
「いま、神気を抑制しているんだろう?」
「あ、ああ、まあ、そうだ…が、それがどうしたって言うんだ」
「解け」
「は?」
「うるさいな……眠たいんだ、早くしろ」
唐突にふっかけてきたのも説明を必要最低限以下まで省いたのも勾陣であるのに、なんだかいろいろ理不尽である。そして既にこんな会話に慣れてしまっていることがさらに理不尽である。もっと言えば反論しても無駄であるし余計に面倒くさくなるから従うのが吉と学習してしまったことが理不尽の最たるところである。
「いや、だがな、お前…」
眠たいなら寝ればいいだろうと思いながら、しかし躊躇いの根底に流れるものは単なる困惑ではなくむしろ大いなる恐れだった。
封印を施された状態でなお放っておけば肉体の内に留まりきらずに熱をはらむ風圧となって漏れでてしまう紅蓮の――騰蛇の神気は、魂に与えられた性質そのものに苛烈で、たとえ抑制していても人間はもとより同胞からも恐れられる代物だ。いまさら神気ごときで勾陣が恐れを抱くなど紅蓮はこれっぽっちも思ってはいなかったが、そういうことではなく、すでに紅蓮の中では抑制なしの神気を他者にさらすことそのものが禁忌にも近かったのである。事実敵を威嚇するときくらいにしか使い道はない。
単に眠いのか紅蓮の歯切れの悪さが不満なのか、睨めつけると言うには弱い眼光で勾陣は紅蓮を見上げている。こんなことで本格的に機嫌を損ねてしまってもことである。わかったわかった、と諦め混じりの投げやりに彼は神気を解放した。途端に今までゆるゆると流れていた異界の風は炎の神気に飲み込まれる。勾陣の髪が煽られて少し乱れた。それをそっと直してやったのとはおそらく無関係に、剥き出しの肌を苛烈な神気に叩かれているはずの彼女はひどくおかしいというようにくつくつとのどの奥で笑った。彼女の頬に当てた手に、彼女は自分のものを重ねた。普段よりもゆっくりと紡がれる声は明瞭な輪郭を欠いてぼんやりにじんでいたが、凛然たる響きとはまた別に紅蓮の心臓をうち震わせた。
「…思った通りだな……」
「勾?」
「まるで似合っていない」
ふと紅蓮が気づくと、あれだけ抗っていたはずなのに勾陣はいつの間にかうつらうつらと完全に寝入る体勢である。
そんな彼女が、ふっと笑った。
「…うん、似合わないな、お前みたいな情が深いのが取り柄みたいなへたれに、こんな神気。まったく、似合わない。なぁ騰蛇」
紅蓮は一瞬言葉と動きを奪われた。なんと反応すべきか選びあぐねたのだ。そもそも褒められたのか貶されたかどちらなのかからして分からない。情が深いの『だけ』が取り柄とか言われなかっただけ褒められたのだろうか。分からないことは分からないまま答え合わせがてらに「どういうことだ」と彼は比較的素直で害の返ってくる確率が低いであろう言葉を投げかける。睡魔にあらがうことを諦めて瞼を閉じた勾陣は、紅蓮へ答えを返すと言うよりは、独り言のように唇を動かした。
「私に触れる、手と、お前の神気とが、違うなと思って、ふと、おかしくなったんだ」
彼女の全身からふうと力が抜ける。うっすら開かれた目が一瞬紅蓮を直視して、また閉じた。
「……だが、私は両方、好きだよ」
「な」
紅蓮は思わず小さな声を上げたが、勾陣はすでに健やかな寝息をたてるばかりだった。
何度も瞬きを繰り返し、拾い上げた言葉を噛みしめる。彼女の声が耳の奥で波紋のように反響する。似合っていない。違うなと。おかしくなった。――好きだよ。
どんな意図をもってして彼女がそんなことを言ったのか紅蓮には分からない。もしかしたら意図自体なかったのかもしれない。夢路のさなかに見つかった心が、ただなんとなくかぷりと浮かび上がっただけだったのかもしれない。たぶん目覚めたとき、彼女はもうこの発言を忘れてしまっているか、忘れてしまったふりをすることだろう。
「…勾。あのな。言い逃げか。ずるいぞ」
ねんごろにさらりと髪を撫でる。自分の声が気持ち悪いくらい柔らかかった。
紅蓮は、どうしても、手放しに自らを全肯定することができない。そしてそれは、罪の記憶に起因するものではなかった。それは誕生してから積み重ねてきた時のすべて、腐り果ててしまうほど根深い箇所で鋭い牙を光らせている。誰も必要とせず、誰からも必要とされず、まるで十二神将の均衡を保つためだけに――いや、もしかしたら真実、そのためだけに――呼吸をしていた。ほかの神将たちのように大なり小なりの絆を育むこともせず、それを望むことも望まれることもなく。ただ、『騰蛇』の神気、それゆえに。紅蓮の神気は、彼の力、武器であると同時に、彼の心をひそやかに締め上げる呪いでもあった。必要とされない彼そのものでさえあったのだ。
だが、ある男が言った。美しいと。ある子供は笑いかけた。恐れを知らない無垢な目で。そしていま愛した女が好きだよと歌う。
紅蓮はゆっくりと息を吐き出して、勾陣を抱きしめて目を閉じた。触れる体温がぞくりと心臓を刺激する。耳を澄ませて彼女の呼吸を拾うことがそれだけでひどく心地よかった。ぎゅうと腕に力を込める。苦しいんだと、また目覚めたときに文句を言われるかもしれない。腕の中で勾陣が軽く身じろいだが、少しすり寄るようにしたあと、すぐに落ち着いた。無意識にでも紅蓮を求めるような仕草。紅蓮はなぜだか無性に泣きたくなった。
神族たる十二神将は当然ながら睡眠など必要としないが、ほかの神族とは異なり人の思いから生じたゆえだろうか、神族の中でも肉体的・精神的性質双方ともに人間に近い部分がある。あくまで神族の中では、比較的、である。そのためかは断言できないが、行為の後は眠たくなる。勾陣など疲れもあるのだろうが普段の女王然とした様子はすっかりなりを潜めて少女のように無防備で愛らしいのだから紅蓮としてはたまったものではない。良い意味で落差が激しすぎるのだ。普段からこうなら可愛いのにと思うのだが、残念なことにもしそうであるならきっと紅蓮は勾陣に惚れていない。
眠りを促すように指先でさらりと黒髪を弄び、てのひらで頭から頬にかけての輪郭を感情のままに撫ぜていたのだが、その意に反してふと勾陣がうっすら瞼を開けた。
「勾?」
眠気が失せたというわけではなさそうで、黒曜石の双眸はぼんやりしている。
「どうした?」
見上げる視線を絡めとり、地面に肘を突いてその距離を縮める。そうとう眠いようで、落ちかける瞼をどうにかとどめようとして表情が若干くしゅりと歪んでいる。眠いなら寝てしまえばいいのに、と思いながら紅蓮は優しく促した。
「……神気」
「は?」
ぼそりと落っこちた言葉に、紅蓮は甘やかな空気も忘れてそらきたと身構えた。彼女の気まぐれだけは年中無休で絶賛活動中である。たまに休んでくれと言いたい。紅蓮の心の平穏のために。
何で分からないんだ、とでも言うように少し不機嫌を張り付けた勾陣は、再び億劫そうに口を開いた。紅蓮からすれば分かるわけないことを分かってほしい。
「いま、神気を抑制しているんだろう?」
「あ、ああ、まあ、そうだ…が、それがどうしたって言うんだ」
「解け」
「は?」
「うるさいな……眠たいんだ、早くしろ」
唐突にふっかけてきたのも説明を必要最低限以下まで省いたのも勾陣であるのに、なんだかいろいろ理不尽である。そして既にこんな会話に慣れてしまっていることがさらに理不尽である。もっと言えば反論しても無駄であるし余計に面倒くさくなるから従うのが吉と学習してしまったことが理不尽の最たるところである。
「いや、だがな、お前…」
眠たいなら寝ればいいだろうと思いながら、しかし躊躇いの根底に流れるものは単なる困惑ではなくむしろ大いなる恐れだった。
封印を施された状態でなお放っておけば肉体の内に留まりきらずに熱をはらむ風圧となって漏れでてしまう紅蓮の――騰蛇の神気は、魂に与えられた性質そのものに苛烈で、たとえ抑制していても人間はもとより同胞からも恐れられる代物だ。いまさら神気ごときで勾陣が恐れを抱くなど紅蓮はこれっぽっちも思ってはいなかったが、そういうことではなく、すでに紅蓮の中では抑制なしの神気を他者にさらすことそのものが禁忌にも近かったのである。事実敵を威嚇するときくらいにしか使い道はない。
単に眠いのか紅蓮の歯切れの悪さが不満なのか、睨めつけると言うには弱い眼光で勾陣は紅蓮を見上げている。こんなことで本格的に機嫌を損ねてしまってもことである。わかったわかった、と諦め混じりの投げやりに彼は神気を解放した。途端に今までゆるゆると流れていた異界の風は炎の神気に飲み込まれる。勾陣の髪が煽られて少し乱れた。それをそっと直してやったのとはおそらく無関係に、剥き出しの肌を苛烈な神気に叩かれているはずの彼女はひどくおかしいというようにくつくつとのどの奥で笑った。彼女の頬に当てた手に、彼女は自分のものを重ねた。普段よりもゆっくりと紡がれる声は明瞭な輪郭を欠いてぼんやりにじんでいたが、凛然たる響きとはまた別に紅蓮の心臓をうち震わせた。
「…思った通りだな……」
「勾?」
「まるで似合っていない」
ふと紅蓮が気づくと、あれだけ抗っていたはずなのに勾陣はいつの間にかうつらうつらと完全に寝入る体勢である。
そんな彼女が、ふっと笑った。
「…うん、似合わないな、お前みたいな情が深いのが取り柄みたいなへたれに、こんな神気。まったく、似合わない。なぁ騰蛇」
紅蓮は一瞬言葉と動きを奪われた。なんと反応すべきか選びあぐねたのだ。そもそも褒められたのか貶されたかどちらなのかからして分からない。情が深いの『だけ』が取り柄とか言われなかっただけ褒められたのだろうか。分からないことは分からないまま答え合わせがてらに「どういうことだ」と彼は比較的素直で害の返ってくる確率が低いであろう言葉を投げかける。睡魔にあらがうことを諦めて瞼を閉じた勾陣は、紅蓮へ答えを返すと言うよりは、独り言のように唇を動かした。
「私に触れる、手と、お前の神気とが、違うなと思って、ふと、おかしくなったんだ」
彼女の全身からふうと力が抜ける。うっすら開かれた目が一瞬紅蓮を直視して、また閉じた。
「……だが、私は両方、好きだよ」
「な」
紅蓮は思わず小さな声を上げたが、勾陣はすでに健やかな寝息をたてるばかりだった。
何度も瞬きを繰り返し、拾い上げた言葉を噛みしめる。彼女の声が耳の奥で波紋のように反響する。似合っていない。違うなと。おかしくなった。――好きだよ。
どんな意図をもってして彼女がそんなことを言ったのか紅蓮には分からない。もしかしたら意図自体なかったのかもしれない。夢路のさなかに見つかった心が、ただなんとなくかぷりと浮かび上がっただけだったのかもしれない。たぶん目覚めたとき、彼女はもうこの発言を忘れてしまっているか、忘れてしまったふりをすることだろう。
「…勾。あのな。言い逃げか。ずるいぞ」
ねんごろにさらりと髪を撫でる。自分の声が気持ち悪いくらい柔らかかった。
紅蓮は、どうしても、手放しに自らを全肯定することができない。そしてそれは、罪の記憶に起因するものではなかった。それは誕生してから積み重ねてきた時のすべて、腐り果ててしまうほど根深い箇所で鋭い牙を光らせている。誰も必要とせず、誰からも必要とされず、まるで十二神将の均衡を保つためだけに――いや、もしかしたら真実、そのためだけに――呼吸をしていた。ほかの神将たちのように大なり小なりの絆を育むこともせず、それを望むことも望まれることもなく。ただ、『騰蛇』の神気、それゆえに。紅蓮の神気は、彼の力、武器であると同時に、彼の心をひそやかに締め上げる呪いでもあった。必要とされない彼そのものでさえあったのだ。
だが、ある男が言った。美しいと。ある子供は笑いかけた。恐れを知らない無垢な目で。そしていま愛した女が好きだよと歌う。
紅蓮はゆっくりと息を吐き出して、勾陣を抱きしめて目を閉じた。触れる体温がぞくりと心臓を刺激する。耳を澄ませて彼女の呼吸を拾うことがそれだけでひどく心地よかった。ぎゅうと腕に力を込める。苦しいんだと、また目覚めたときに文句を言われるかもしれない。腕の中で勾陣が軽く身じろいだが、少しすり寄るようにしたあと、すぐに落ち着いた。無意識にでも紅蓮を求めるような仕草。紅蓮はなぜだか無性に泣きたくなった。
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