Be praying. Be praying. Be praying.
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新巻読み終わったら書きたくなった話。少年陰陽師、益斎。
原材料に新巻ネタバレを多大に含みますので未読の方はご注意ください。
つーか最近岦斎さんと斎ちゃんがダークホースです。何か順位をどんどん上げてきてます。章子さん抜かれそう。
原材料に新巻ネタバレを多大に含みますので未読の方はご注意ください。
つーか最近岦斎さんと斎ちゃんがダークホースです。何か順位をどんどん上げてきてます。章子さん抜かれそう。
すべてが終わり、大切なものを失なった、恐ろしいまでの喪失感に愕然としながらも、久方ぶりの平穏が訪れたその後。
斎は、少しだけ弱くなった。
それは、虚勢を張る必要がなくなったからかもしれないし、ぐるぐると廻り続けていた罪と言う名の迷路から抜け出せたからかもしれない。どちらにせよ、降り注ぐ悪意から己の心を守るために無意識下でぎりぎりの均衡を保たせていた鎧はその必要性を失った。脱ぎ捨ててしまえば愕然とするほど楽になって、そして斎は楽に傾いた。かりそめと言えども得ていた勁さは確かに削がれ、感情を殺さなくてもいい境遇になったことはそれに拍車をかけた。
斎は益荒をじっと見据えた。斎が何を欲しているのかはかりかねているらしき益荒は静かに口を開く。
「斎様、どうなさいました。斎様」
「益荒、」
益荒が斎のためにしつらえられている部屋まできたのは偶然だったし、その中に入ったのも偶然だった。けれど斎はその偶然に甘えた。母親との今生の別れ――しかも、いつか命が尽きてしまうことは分かり切っていたとしても、直接の原因は自分を庇った傷ゆえだろうということは斎の想像に難くなく――を終えたばかりの幼い心はどこかが欠け、それを埋める何かを求めていて、そして埋める適任は益荒と阿曇だった。
神使のふたりは、今では正真正銘自分の配下だ。だから彼らは自分の願いを叶えるべきであるし、それを望んでいるはずだ。と、斎はその論理が幼さゆえの手前勝手な言い分を根拠としたものだとは知っていたが、だからどうしたと囁く、理性の届いてこない本心の言い分に従った。
「わらわの名を、呼べ」
「…? 斎様?」
「もっと、だ。もっと」
「斎様………?」
もっと、もっと。母様が呼んでくれなくなった代わりに、母様がわらわに唯一くれた愛情の証を。度会の者が吐き出し続けた呪いとしての名ではなく、母様が込めてくださった願いそのものとしての名を。
母は、自分を愛してくれていた。斎はそれを知っている。たった五つのころに失った母親の愛情は、斎の中に確かに根付いている。――だけれど、それはただの記憶でしかなく、記憶は、そして記憶に付随する感情はいつか必ず風化する。
玉依姫が与えてくれたものは、愛情以外には何もない。斎は母の形見も何も持っていない。玉依姫の存在も、そそがれていた愛情も、それらすべてを偲ぶよすがを斎は持たない。
けれど、たったひとつだけ、与えられたものがある。斎を斎たらしめんとする名が、それだ。生まれる前から、罪の落とし子と敵意を受けることが誰の目にも明らかだった斎の運命を、少しでも避けられますようにと。罪などに染まらない、何物にもそまらない、ましろの魂を持つ子でありますようにと。
失った愛情の全てがそこには凝縮されている。斎と、どのような類のものであれ愛情を込めて名を呼ばれることが、斎が母の愛情が確かなものだったのだと確信する唯一の術だ。
だから斎は益荒に願う。命令のような口調で、だけれど、何も分からない子どもが持つ心細さをその内に秘めて、自分のためだけにささやかに願う。
「斎様。…どう、なさいました」
少しだけ固くなった声が自分を呼ぶ。案じてくれていると肌で分かる。
もとより片膝をついてしゃがみこみ斎と目線を合わせていた益荒は、たくましい腕をやおら斎に伸ばした。ゆっくりと、益荒の腕が斎を包む。すっぽりと包まれて斎は少しだけ肩を強張らせたが、「斎様」と近くで斎を呼ぶ声に安堵してその身はすぐに弛緩した。
「益荒、もっと、呼べ。わらわがいいというまで、呼べ」
「……はい、斎様。命じられずとも、貴方が望む限り――貴方が、私が御名をお呼びすることを厭われるその日まで」
優しい声に、何かが切れた。
益荒の肩に顔を押し付けて、斎は泣いた。嗚咽はどうにか噛み殺したが、その代わりのようにぼろぼろと涙が止まらなかった。溢れだした雫は、すぐさま益荒の衣に吸いこまれてしみを作る。益荒はそれに気付いていたようだが、何も問うてはこなかった。ただぽんぽんと背をゆるく叩かれ、ゆるやかにさすられ、余計に涙がとまらなくなった。声を堪える泣き方に益荒は痛ましげな顔をしたが、それは斎には見えなかった。
ただ、失ったものの穴埋めを、本能に似たものが欲していた。だから斎はそれに従った。――愛して。誰か愛して。そしてそれを益荒の中に見出すことを、決して間違いだとは思わなかった。
斎は、少しだけ弱くなった。
それは、虚勢を張る必要がなくなったからかもしれないし、ぐるぐると廻り続けていた罪と言う名の迷路から抜け出せたからかもしれない。どちらにせよ、降り注ぐ悪意から己の心を守るために無意識下でぎりぎりの均衡を保たせていた鎧はその必要性を失った。脱ぎ捨ててしまえば愕然とするほど楽になって、そして斎は楽に傾いた。かりそめと言えども得ていた勁さは確かに削がれ、感情を殺さなくてもいい境遇になったことはそれに拍車をかけた。
斎は益荒をじっと見据えた。斎が何を欲しているのかはかりかねているらしき益荒は静かに口を開く。
「斎様、どうなさいました。斎様」
「益荒、」
益荒が斎のためにしつらえられている部屋まできたのは偶然だったし、その中に入ったのも偶然だった。けれど斎はその偶然に甘えた。母親との今生の別れ――しかも、いつか命が尽きてしまうことは分かり切っていたとしても、直接の原因は自分を庇った傷ゆえだろうということは斎の想像に難くなく――を終えたばかりの幼い心はどこかが欠け、それを埋める何かを求めていて、そして埋める適任は益荒と阿曇だった。
神使のふたりは、今では正真正銘自分の配下だ。だから彼らは自分の願いを叶えるべきであるし、それを望んでいるはずだ。と、斎はその論理が幼さゆえの手前勝手な言い分を根拠としたものだとは知っていたが、だからどうしたと囁く、理性の届いてこない本心の言い分に従った。
「わらわの名を、呼べ」
「…? 斎様?」
「もっと、だ。もっと」
「斎様………?」
もっと、もっと。母様が呼んでくれなくなった代わりに、母様がわらわに唯一くれた愛情の証を。度会の者が吐き出し続けた呪いとしての名ではなく、母様が込めてくださった願いそのものとしての名を。
母は、自分を愛してくれていた。斎はそれを知っている。たった五つのころに失った母親の愛情は、斎の中に確かに根付いている。――だけれど、それはただの記憶でしかなく、記憶は、そして記憶に付随する感情はいつか必ず風化する。
玉依姫が与えてくれたものは、愛情以外には何もない。斎は母の形見も何も持っていない。玉依姫の存在も、そそがれていた愛情も、それらすべてを偲ぶよすがを斎は持たない。
けれど、たったひとつだけ、与えられたものがある。斎を斎たらしめんとする名が、それだ。生まれる前から、罪の落とし子と敵意を受けることが誰の目にも明らかだった斎の運命を、少しでも避けられますようにと。罪などに染まらない、何物にもそまらない、ましろの魂を持つ子でありますようにと。
失った愛情の全てがそこには凝縮されている。斎と、どのような類のものであれ愛情を込めて名を呼ばれることが、斎が母の愛情が確かなものだったのだと確信する唯一の術だ。
だから斎は益荒に願う。命令のような口調で、だけれど、何も分からない子どもが持つ心細さをその内に秘めて、自分のためだけにささやかに願う。
「斎様。…どう、なさいました」
少しだけ固くなった声が自分を呼ぶ。案じてくれていると肌で分かる。
もとより片膝をついてしゃがみこみ斎と目線を合わせていた益荒は、たくましい腕をやおら斎に伸ばした。ゆっくりと、益荒の腕が斎を包む。すっぽりと包まれて斎は少しだけ肩を強張らせたが、「斎様」と近くで斎を呼ぶ声に安堵してその身はすぐに弛緩した。
「益荒、もっと、呼べ。わらわがいいというまで、呼べ」
「……はい、斎様。命じられずとも、貴方が望む限り――貴方が、私が御名をお呼びすることを厭われるその日まで」
優しい声に、何かが切れた。
益荒の肩に顔を押し付けて、斎は泣いた。嗚咽はどうにか噛み殺したが、その代わりのようにぼろぼろと涙が止まらなかった。溢れだした雫は、すぐさま益荒の衣に吸いこまれてしみを作る。益荒はそれに気付いていたようだが、何も問うてはこなかった。ただぽんぽんと背をゆるく叩かれ、ゆるやかにさすられ、余計に涙がとまらなくなった。声を堪える泣き方に益荒は痛ましげな顔をしたが、それは斎には見えなかった。
ただ、失ったものの穴埋めを、本能に似たものが欲していた。だから斎はそれに従った。――愛して。誰か愛して。そしてそれを益荒の中に見出すことを、決して間違いだとは思わなかった。
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