Be praying. Be praying. Be praying.
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少年陰陽師・紅→勾。天狐編後。
やっぱり本格的に何か文体変わった気がする。
万葉集で「恋」の当て字は「孤悲」だったらしいです。何それ萌える。貴方がいない孤独がさみしいってことだよね、ってのでそういう話。
さだまさしの「関白宣言」っていいよね!
偉そうだなと思ったら微妙にへたれてるのがたまんない。何気に超べた惚れなのもたまんない。
『出来る範囲で構わないから』とか最高。可愛い。
個人的に孫CPに合わせるなら青→后だけど、果たして青龍にこんな甲斐性があるのか激しく謎(ひどい
昨日の青すみに拍手くれた方ありがとうございました、完全スルーされると思ってたのでびっくりしました語りませんか(笑)
昨日の方だけでなく小話や日常語りに拍手くれる方々本当感謝です!
書くことが好きだから書いてるだけなんですが、反応なかったら寂しいし反応あったらとても嬉しいのです。
やっぱり本格的に何か文体変わった気がする。
万葉集で「恋」の当て字は「孤悲」だったらしいです。何それ萌える。貴方がいない孤独がさみしいってことだよね、ってのでそういう話。
さだまさしの「関白宣言」っていいよね!
偉そうだなと思ったら微妙にへたれてるのがたまんない。何気に超べた惚れなのもたまんない。
『出来る範囲で構わないから』とか最高。可愛い。
個人的に孫CPに合わせるなら青→后だけど、果たして青龍にこんな甲斐性があるのか激しく謎(ひどい
昨日の青すみに拍手くれた方ありがとうございました、完全スルーされると思ってたのでびっくりしました語りませんか(笑)
昨日の方だけでなく小話や日常語りに拍手くれる方々本当感謝です!
書くことが好きだから書いてるだけなんですが、反応なかったら寂しいし反応あったらとても嬉しいのです。
この屋根の上はこんなにも広かっただろうか。
見上げる月明かりはこんなにも遠かっただろうか。
呼吸一つはこんなにも長いものだっただろうか。
朝を待つ夜はこんなにも何もないものだっただろうか。
どうして、こんなにも。
がらではないと思う。自分は間違っても誌的な感性で沈み込む性格はしていないはずだったしそのつもりだ。彼女がこれを知ったらきっとからりと笑うだろう。月下に佇むしとやかな花に似た普段の微笑みではなくて太陽光に照らされた果実のような笑顔で目元をぬぐうだろう。まさかお前にそんな風流な心があるなんて思いもよらなかったよ騰蛇。そんなことを言って。
ふと下から声がした。ぴくりと白い耳をそよがせる。聞き耳を立てるつもりはないが聞こえてくるのだから仕方がない、神族の聴覚は人間の比ではない。そうでなくとも彼は闘将だ。異形に変化していても五感の鋭さは変わらない。
昌浩と彰子が何やら微笑ましく言い争いをしているようであった。と言うよりは昌浩ひとりが何やら慌てている。が、意味をなす言語になっていない声は聞こえても内容は分からない。彰子が市へほいほい出かけていることを未だに心配がっているのだろうか、また彰子が無邪気に無茶でも言ったのだろうか、それとも彰子に何かしてもらって感動し狼狽しているのだろうか。
「どれだと思う、勾」
思わず尋ねた。
返る声はなく、不審に思って周囲を見回したら誰もいなかった。
しばらく呆然として、「あー」と意味もなく喉を鳴らして後ろ足で猫か何かのように後頭部あたりを掻く。
つい先ほどまで、それこそ呼吸を五十も数えないくらい前に、どうして彼女のいない時間は何か違うのだろうと取りとめもなく考えていたくせに、彼女に語りかけようとするなんてまったくどうかしている。
――少しだけ。
どうせ昌浩は彰子とよろしくやっている最中だし、たぶん今夜は夜警にも行かなそうだし、仮に行くとしてもその気配は分かるからその時は帰ってくればいい話だし。このまま沈み込んでいるのも精神衛生上悪そうだし。
聞かれてもいない言い訳を胸中でのみ並びたて、その身を異界へと翻した。
いると思っていた天后はいなかった。勾陣は眠っていた。体力・通力ともにまだ回復していないから、たまに時間を見つけて勾陣を見舞う時はたいてい浅くだが眠っている。
まだ青白い顔で静かに目を閉じている姿を見ると喉の奥で何かが詰まる気がする。それは痛みのなりそこないだ。瞬間、脳裏にまたたく光景。慣れるものではないし、慣れられるものでもない。空気と唾液とともに飲み下して紅蓮は勾陣に近づいた。
長い睫毛が白い肌に落としている影の陰影が綺麗だと思っていたらそれが震えた。一度昏睡から覚めて以来彼女の眠りは浅く、少し周囲の気配が変わるだけですぐに目覚めてしまうのだと天后から聞いていた。天后は次いでだからあまり来ないでと敵意たっぷりに言ってくれたが。
「悪い、起こしたか」
窺うように尋ねかけると、勾陣はまだ僅かにぼんやりしている目を数度まじろがせてから勾陣は紅蓮を見つめ微笑んだ。
「いいや。どうした? 何かあったか?」
つられるように紅蓮も表情を緩めた。
ああ、やはりいい。この感覚は。
「何かあったら来ない。動かれたらたまったものじゃないからな」
「まだ、動こうと思っても動けないから安心しろ」
「……俺はお前が動ける程度に回復した時のことが怖い」
ぼやくと当人は笑うばかりだ。何でこう変なところが変な風に能天気なのだろう。昌浩にしろ晴明にしろ勾陣にしろ、もう少し自分のことを大事にしても誰も怒りはしない(むしろ皆もろ手を挙げて大歓迎する)だろうに。
おかしそうにする勾陣の表情が僅かに曇ったのを紅蓮は見逃さなかった。
「まだ痛むか」
「たまにな」強がると思っていたのに存外あっさり肯定されて拍子抜けした。「煩わしくてたまらないよ」
紅蓮はそっと自分の左手に触れた。彼女に傷つけられた箇所。神将の傷は驚くほど後を引かないものなのだが、何にも影響しない範囲の違和感が残っている。そしてそれはこうやって勾陣と話すときに存在を主張するのだ。
疼きが居心地悪くて憮然と言った。
「もう寝てろ」
勾陣は呆れたように返す。
「起こしたのは誰だ」
「俺は起きろとは言ってない」
我ながら無茶苦茶な理論である。さらに居心地が悪くなって目を泳がせながら口元を動かす。別に言いたい言葉はない。
勾陣はまた笑った。今の自分が面白い自覚のある紅蓮は文句も言えない。
「じゃあ、どうして来たんだ」
「……暇だったんだよ」
それは隠しようのない本当で、誤魔化しようのない嘘だ。
この屋根の上はこんなにも広かっただろうか。
見上げる月明かりはこんなにも遠かっただろうか。
呼吸一つはこんなにも長いものだっただろうか。
朝を待つ夜はこんなにも何もないものだっただろうか。
どうして、こんなにも。
紅蓮の過ごす日常に、彼の傍に、勾陣がいない。それだけで何もかもが異なって見えた。感じた。ふと呼ぼうとする名前。勾。言いかけて、あるいは言ってしまって、勾陣がいないことに気づき体中を妙ちきりんな焦燥が暴れまわる。返ってくる声を期待もしないほど応える声は当然だったのに。
彼女が当然になってしまったのはいつなのだろう。
誰にもこたえられない問題だ。
彼女がいない。
満たされない。
敢えて言葉をはめてやるなら、さみしい、だろうか。
彼女がいない。返る言葉がない。慣れてしまった気配がない。軽口の応酬も不毛な口論も、朝を待つ間の会話も。当然になってしまったものたちが、ない。
時々息苦しくなる。
昔孤独を覚えていた。そのとき同じ呼吸をしていた。吸い込む、気管を僅かに乾かせ肺に入り込む、吸収されない、吸い込むために吐き出す。機械的なものだった。徐々に徐々に方法が分からなくなっていく。とても呼吸が下手になる。当然のものがないから。
どうしようもなく、これはこいだ。
手を離れてしまったものは当然のものだ。すなわちなくてはならないものだ。だから、存在を乞う。再びこの手に掴めるように。
あるべきものがない、それがさみしい。朝焼けに消されてしまう月光のように、さみしい。
孤悲。
彼女が傍にいない、だけで。
失っていたら砂にうずもれるように壊れたかもしれない。
とても静かに。
彼女を失くした心はきっと空気の泡に溺れて死んでいた。
これはこいだ。
恋ではなくて。
ただ大切なだけ。
乞いで、孤悲だった。
少しの逡巡の後に付け加えた。
「お前がいないから」
これこそが理由であったのだけれど。
勾陣は目を丸くした。双眸が続きを促していたから、紅蓮はとても自然に微笑みかけた。少しばかり挑発するように。我が儘を告げる子どものように。都の雑鬼よりあっけらかんと。
「六合は無口だし朱雀と話すと疲れるし、昌浩は夜は寝るし…当たり前だが。夜が長くて退屈だ」
だから早く完治してくれ。そのために寝ろ。
本当に訳の分からない三段論法――にすらなっていない。言ってしまってから頬に血が集まっていったが、褐色の肌では目立ちにくい。生まれて初めて自分の容姿をありがたく思った。
勾陣はとうとう声をあげて笑った。さなかに顔が歪むのは傷が痛むからなのだろうが、それでも笑い続けている。「訳が分からない」言いながら目元をぬぐっている。「面白い奴だと思っていたがここまでとはな」
「失礼だな、おい」
「事実だ」
言い放って、勾陣はそっと目を閉じた。
「お前と話すと余計疲れる。早く治って欲しいなら私のために来るな」
「ひでぇ」
苦笑する。言い方というものがあるだろう。見舞いのし甲斐がない女だ。彼女の言葉は本心とからかいの区別がしづらいが、おそらく単なる軽口なのだろうが、これが本心だと紅蓮は相当傷つくのだが。と言うか仮にも命の恩人に言い放てる台詞かそれ。
唇だけで突っ込みながら、彼女の前髪をそっと払う。その時指の腹が彼女の肌に触れた。少しだけ冷えていて、とても温かった。
ひどく安堵した。
「要望通り帰ってやる」
微妙に拗ねた体をわざと前面に出して言ったのだが、勾陣は口の端を軽く動かしただけだった。ここで少しくらい慌てれば可愛いものを。けれどそれはもはや勾陣ではなくて勾陣の姿をした誰かになる気がする。
ついでに、言った。あくまでついでに。
「お前が完治したら、やりたいことがあるんだが」
夢うつつの声だけが返ってくる。もう夢路を行こうとしているらしい。疲れさせてしまっただろうか。だとしたら悪いことをした。もう少し回復するまで、悔しいが勾陣の言うようにあまり来ない方がいいかもしれない。
もう一度、慄くように勾陣の頬へ指先を当て、微かに微笑んで、彼は本当に人界へ戻った。
ひどく、とても、切ないほどに美しく、どうしようもない優しさを蜂蜜色の目と乾いた唇が浮かべていたことは、紅蓮を含め、誰も知らない。
見上げる月明かりはこんなにも遠かっただろうか。
呼吸一つはこんなにも長いものだっただろうか。
朝を待つ夜はこんなにも何もないものだっただろうか。
どうして、こんなにも。
がらではないと思う。自分は間違っても誌的な感性で沈み込む性格はしていないはずだったしそのつもりだ。彼女がこれを知ったらきっとからりと笑うだろう。月下に佇むしとやかな花に似た普段の微笑みではなくて太陽光に照らされた果実のような笑顔で目元をぬぐうだろう。まさかお前にそんな風流な心があるなんて思いもよらなかったよ騰蛇。そんなことを言って。
ふと下から声がした。ぴくりと白い耳をそよがせる。聞き耳を立てるつもりはないが聞こえてくるのだから仕方がない、神族の聴覚は人間の比ではない。そうでなくとも彼は闘将だ。異形に変化していても五感の鋭さは変わらない。
昌浩と彰子が何やら微笑ましく言い争いをしているようであった。と言うよりは昌浩ひとりが何やら慌てている。が、意味をなす言語になっていない声は聞こえても内容は分からない。彰子が市へほいほい出かけていることを未だに心配がっているのだろうか、また彰子が無邪気に無茶でも言ったのだろうか、それとも彰子に何かしてもらって感動し狼狽しているのだろうか。
「どれだと思う、勾」
思わず尋ねた。
返る声はなく、不審に思って周囲を見回したら誰もいなかった。
しばらく呆然として、「あー」と意味もなく喉を鳴らして後ろ足で猫か何かのように後頭部あたりを掻く。
つい先ほどまで、それこそ呼吸を五十も数えないくらい前に、どうして彼女のいない時間は何か違うのだろうと取りとめもなく考えていたくせに、彼女に語りかけようとするなんてまったくどうかしている。
――少しだけ。
どうせ昌浩は彰子とよろしくやっている最中だし、たぶん今夜は夜警にも行かなそうだし、仮に行くとしてもその気配は分かるからその時は帰ってくればいい話だし。このまま沈み込んでいるのも精神衛生上悪そうだし。
聞かれてもいない言い訳を胸中でのみ並びたて、その身を異界へと翻した。
いると思っていた天后はいなかった。勾陣は眠っていた。体力・通力ともにまだ回復していないから、たまに時間を見つけて勾陣を見舞う時はたいてい浅くだが眠っている。
まだ青白い顔で静かに目を閉じている姿を見ると喉の奥で何かが詰まる気がする。それは痛みのなりそこないだ。瞬間、脳裏にまたたく光景。慣れるものではないし、慣れられるものでもない。空気と唾液とともに飲み下して紅蓮は勾陣に近づいた。
長い睫毛が白い肌に落としている影の陰影が綺麗だと思っていたらそれが震えた。一度昏睡から覚めて以来彼女の眠りは浅く、少し周囲の気配が変わるだけですぐに目覚めてしまうのだと天后から聞いていた。天后は次いでだからあまり来ないでと敵意たっぷりに言ってくれたが。
「悪い、起こしたか」
窺うように尋ねかけると、勾陣はまだ僅かにぼんやりしている目を数度まじろがせてから勾陣は紅蓮を見つめ微笑んだ。
「いいや。どうした? 何かあったか?」
つられるように紅蓮も表情を緩めた。
ああ、やはりいい。この感覚は。
「何かあったら来ない。動かれたらたまったものじゃないからな」
「まだ、動こうと思っても動けないから安心しろ」
「……俺はお前が動ける程度に回復した時のことが怖い」
ぼやくと当人は笑うばかりだ。何でこう変なところが変な風に能天気なのだろう。昌浩にしろ晴明にしろ勾陣にしろ、もう少し自分のことを大事にしても誰も怒りはしない(むしろ皆もろ手を挙げて大歓迎する)だろうに。
おかしそうにする勾陣の表情が僅かに曇ったのを紅蓮は見逃さなかった。
「まだ痛むか」
「たまにな」強がると思っていたのに存外あっさり肯定されて拍子抜けした。「煩わしくてたまらないよ」
紅蓮はそっと自分の左手に触れた。彼女に傷つけられた箇所。神将の傷は驚くほど後を引かないものなのだが、何にも影響しない範囲の違和感が残っている。そしてそれはこうやって勾陣と話すときに存在を主張するのだ。
疼きが居心地悪くて憮然と言った。
「もう寝てろ」
勾陣は呆れたように返す。
「起こしたのは誰だ」
「俺は起きろとは言ってない」
我ながら無茶苦茶な理論である。さらに居心地が悪くなって目を泳がせながら口元を動かす。別に言いたい言葉はない。
勾陣はまた笑った。今の自分が面白い自覚のある紅蓮は文句も言えない。
「じゃあ、どうして来たんだ」
「……暇だったんだよ」
それは隠しようのない本当で、誤魔化しようのない嘘だ。
この屋根の上はこんなにも広かっただろうか。
見上げる月明かりはこんなにも遠かっただろうか。
呼吸一つはこんなにも長いものだっただろうか。
朝を待つ夜はこんなにも何もないものだっただろうか。
どうして、こんなにも。
紅蓮の過ごす日常に、彼の傍に、勾陣がいない。それだけで何もかもが異なって見えた。感じた。ふと呼ぼうとする名前。勾。言いかけて、あるいは言ってしまって、勾陣がいないことに気づき体中を妙ちきりんな焦燥が暴れまわる。返ってくる声を期待もしないほど応える声は当然だったのに。
彼女が当然になってしまったのはいつなのだろう。
誰にもこたえられない問題だ。
彼女がいない。
満たされない。
敢えて言葉をはめてやるなら、さみしい、だろうか。
彼女がいない。返る言葉がない。慣れてしまった気配がない。軽口の応酬も不毛な口論も、朝を待つ間の会話も。当然になってしまったものたちが、ない。
時々息苦しくなる。
昔孤独を覚えていた。そのとき同じ呼吸をしていた。吸い込む、気管を僅かに乾かせ肺に入り込む、吸収されない、吸い込むために吐き出す。機械的なものだった。徐々に徐々に方法が分からなくなっていく。とても呼吸が下手になる。当然のものがないから。
どうしようもなく、これはこいだ。
手を離れてしまったものは当然のものだ。すなわちなくてはならないものだ。だから、存在を乞う。再びこの手に掴めるように。
あるべきものがない、それがさみしい。朝焼けに消されてしまう月光のように、さみしい。
孤悲。
彼女が傍にいない、だけで。
失っていたら砂にうずもれるように壊れたかもしれない。
とても静かに。
彼女を失くした心はきっと空気の泡に溺れて死んでいた。
これはこいだ。
恋ではなくて。
ただ大切なだけ。
乞いで、孤悲だった。
少しの逡巡の後に付け加えた。
「お前がいないから」
これこそが理由であったのだけれど。
勾陣は目を丸くした。双眸が続きを促していたから、紅蓮はとても自然に微笑みかけた。少しばかり挑発するように。我が儘を告げる子どものように。都の雑鬼よりあっけらかんと。
「六合は無口だし朱雀と話すと疲れるし、昌浩は夜は寝るし…当たり前だが。夜が長くて退屈だ」
だから早く完治してくれ。そのために寝ろ。
本当に訳の分からない三段論法――にすらなっていない。言ってしまってから頬に血が集まっていったが、褐色の肌では目立ちにくい。生まれて初めて自分の容姿をありがたく思った。
勾陣はとうとう声をあげて笑った。さなかに顔が歪むのは傷が痛むからなのだろうが、それでも笑い続けている。「訳が分からない」言いながら目元をぬぐっている。「面白い奴だと思っていたがここまでとはな」
「失礼だな、おい」
「事実だ」
言い放って、勾陣はそっと目を閉じた。
「お前と話すと余計疲れる。早く治って欲しいなら私のために来るな」
「ひでぇ」
苦笑する。言い方というものがあるだろう。見舞いのし甲斐がない女だ。彼女の言葉は本心とからかいの区別がしづらいが、おそらく単なる軽口なのだろうが、これが本心だと紅蓮は相当傷つくのだが。と言うか仮にも命の恩人に言い放てる台詞かそれ。
唇だけで突っ込みながら、彼女の前髪をそっと払う。その時指の腹が彼女の肌に触れた。少しだけ冷えていて、とても温かった。
ひどく安堵した。
「要望通り帰ってやる」
微妙に拗ねた体をわざと前面に出して言ったのだが、勾陣は口の端を軽く動かしただけだった。ここで少しくらい慌てれば可愛いものを。けれどそれはもはや勾陣ではなくて勾陣の姿をした誰かになる気がする。
ついでに、言った。あくまでついでに。
「お前が完治したら、やりたいことがあるんだが」
夢うつつの声だけが返ってくる。もう夢路を行こうとしているらしい。疲れさせてしまっただろうか。だとしたら悪いことをした。もう少し回復するまで、悔しいが勾陣の言うようにあまり来ない方がいいかもしれない。
もう一度、慄くように勾陣の頬へ指先を当て、微かに微笑んで、彼は本当に人界へ戻った。
ひどく、とても、切ないほどに美しく、どうしようもない優しさを蜂蜜色の目と乾いた唇が浮かべていたことは、紅蓮を含め、誰も知らない。
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