Be praying. Be praying. Be praying.
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とても曖昧な日々。
踊る・青すみ。
もっとさっぱりしたのを書きたかったのにちょっと長くなった。
友達or同僚以上恋人未満は絶対正義!!
……というのを部誌の後書きに書きました(ぇ
踊る・青すみ。
もっとさっぱりしたのを書きたかったのにちょっと長くなった。
友達or同僚以上恋人未満は絶対正義!!
……というのを部誌の後書きに書きました(ぇ
「あたしと青島くんって、きっと最高に相性悪いわよね」
背中越しに聞こえてきた声とその内容に、思わず青島は振り返った。
当直の日は面倒くさくて軽く憂欝になる。
何が面倒臭いかといえば、事件がなければとにかく暇なことだ。青島のように書類を溜めるタイプの人間にとってはそれらと格闘せざるをえない(何しろそれ以外仕事がないのである)ことも含まれるが。学生時代テスト前に苦手科目と唸りながら向き合った記憶が呼び起こされる。
一方すみれはデスクワークも折々に終わらせていくタイプらしく、片付けるべき仕事は残っていないようで先程から何やら雑誌を読んでいた。頁を繰る音は人気のない刑事課に割と大きく響くのだ。
とりとめもない会話と沈黙を繰り返しながら朝が来るのを待っていたのだが、何度目かの沈黙を破った言葉はあまりに唐突だった。
「すみれさん、それ、どゆこと?」
彼女の台詞の真意はまったく読めないが、突っ込まずにはいられなかった。
親しい同僚から『最高に相性が悪い』などと言い放たれてスルーできる人間などそうそういないだろう。
「んー?」
すみれは気のない返事をしたきり青島の問いに答えてくれる気配がない。ボールペンをデスク上に転がして軽く床を蹴った。キャスターが転がり椅子の背もたれ同士がぶつかる。
すみれがこちらに注意を寄こしたのを感じたので、上半身をねじり少し彼女の方を向いて、もう一度聞いた。
「だから、さっきの台詞、何」
「え、そのままの意味だけど」
「ごめん分からない」
正しく言いなおすなら、分かりたくない。
「えぇと、これ」
すみれは手にしていた雑誌を目の高さまで持ち上げて青島にも見えるようにした。てっきりいつものようにグルメ雑誌を開いて店のチェックでもしているのだろうと思っていたのだが、珍しく(と言うと怒られそうだ)違っていた。よく分からないがファッション誌か何かだろう。
下手を演出した丸っぽいフォントで恋愛だの出会いだの彼氏だの書かれている。それにしても女の子はこういうのが好きだよなぁととぼけたことを思った。たぶん青島の近くにいる女性陣が男らしすぎるせいだ。
「すみれさんそういうの好きなの?」
「特別嫌だっていう女はいないと思うけど。書いてあったら読むでしょ」
「……で、これがどうして俺らの相性が最高に悪いってことに繋がるの」
にっと笑って、すみれは雑誌と顔を戻した。三秒くらい彼女の背中と後頭部を見てから、青島もデスクに戻ってボールペンを再び手に取る。
ペンを走らせたところで、また声がした。
「だって、あたしと青島くんって、どうなってもおかしくなかったじゃない?」
飲んでもいないコーヒーを吹き出しそうになった。ついでにペンがあらぬ方向に暴走した。ちらかったデスク周りから修正液を探してごそごそしていると、後ろから「ん」と声がして、振り返ればすみれがこちらを見もせず修正ペンを差しだしてくれていた。
「ありがと。……何で分かったの?」
答えはない。
少しの間。
独り言が耳に届いた。
「うん、やっぱり最高に悪いわ」
すみれは何やらひとり納得している。訳が分からない青島は眉間にしわを増やすばかりだ。すみれが今こちらを向いていたなら「室井さんになるわよ」くらい言ったかもしれないが、彼女の視線は自分のデスクに置いた雑誌に向けられている。
口で言うより効果的な気がして細い背中をじっと見つめてみた。
居心地が悪そうに青島をちらと一瞥し、再び完璧に後姿を向けてから小さく息を吐いてすみれは「だからね」と言った。
「あたしたち、結構近いじゃない。お互いの考えてること何となくわかるし。さっき青島くんが修正ペン探してるって分かったみたいに」
頷く。見えないと分かって慌てて「うん」と相槌を打った。
「結構ご飯食べに行くし」
「俺に奢らせてんじゃん……」
「何よー青島くんが失礼なこと言うかするか、仕事手伝ってあげたとき限定でしょー」
返答に窮する。
仕事を手伝ってもらうことは確かにあるのだが奢りの頻度はそれよりはるかに高く、つまり自分の不注意な言動を遠回しに突きつけられたようなものである。しかも一応、自覚もある。時々理不尽だが。
「何より、何かそれっぽい雰囲気になったこともあるでしょ。何回か」
記憶を掘り起こしてみた。
何回か、どころか心当たりが多すぎて途中で嫌になった。
すみれの声は淡々と続く。
「結局、恋愛ってタイミングじゃない。ここまでタイミング合わないと、それもう相性が最高に悪いって域だと思わない?」
ねぇ? 同意を求めるようにこちらを向かれてどう反応したものか迷う。
確かにすみれの言うとおりである。
距離は近い。机の配置という物理的な距離ではない。
だいたいのことが分かるのだ。軽口の間合い。表情の変化。踏み込んでいい境界線。呼吸の感覚まで分かるかもしれないと思ってしまう。
ただその中で心だけが分からない。まるでミルクの膜に覆われているように。
ミルクの膜だ。少しつつけばすぐ破れる程度の。
それでも分からない――分かろうとしない――のだから、なるほど相性は最高に悪い。
「じゃあタイミング合ったら俺と付き合ってもいいってこと?」
途端にすみれは嫌な顔をした。素直なのは美徳だが少しはこちらのことを考えて欲しいと切実に思った。そもそも普段はまったく素直でないくせに何でこういう時だけ。
「やぁよ。青島くん事件持ってくるんだもん。プライベートまで事件に巻き込まれたくない」
「愛してるんでしょー仕事」
からかうようにつっついてみるが、すみれはふんと鼻を鳴らしただけだった。
「仕事ね。青島くんみたいに事件に恋してるわけじゃないから」
「……はいはい」
苦笑しながら、そうかこうやってタイミングを逃しているんだなと客観的に理解した。しかしだとしたらタイミングが合わない非はすみれにもあるだろう。
彼女にはもうすこし踏み込む隙があっていいと思うのだ。完全無欠な砦に一兵士はどれだけ労力をつぎこんでも侵入できない。ところどころにひびでもあれば突き崩せるのだが、嫌になるほど綺麗なものである。手段を選ばなければ分からないが、そこまで切羽詰まっているわけでもない。最後の一つは青島の非であるが。
踏み込まない男と、踏み込ませない女。敢えて手を伸ばさずとも届く関係。先程のように軽く床を蹴るだけでいい。そしていつしか駆け引きだけ上手くなりすぎた。どこにピリオドを打っていいのか途方に暮れて雁字搦めだ。
壊したくないわけではない。怖いわけでもない。踏み込んだ先に興味もある。それでも何も、変わらない。
もし明日死ぬとしても言わないかもしれない。
ずっとこのまま。
なんて幸せな怠惰だろう。
「ねぇところで何で『最悪』じゃなくて『最高に悪い』って言ったの」
終わらせた報告書をデスクの隅に追いやりコーヒーを取りに立つ。彼女の分も用意したら嬉しそうに受け取ってくれた。すみれが広げている雑誌はいつものグルメ誌になっていた。付箋がぺたぺた貼られている。今度はどこに連れてかれるんだろうか。可哀想な俺の財布。
可哀想な原因の半分が自分自身であることは無視する。
コーヒーを一口飲んで、彼女は首を傾げた。無意識に選んだ言葉だったのだろうか。
そして至極当然と言わんばかりに、
「だって『最悪』って何か嫌じゃない? 言葉的に」
とだけ返してきた。どうでもいいが見上げてくるすみれの目が青島は好きだ。
意味のわからない嬉しさがこみ上げてきたがコーヒーと一緒に飲みほして「そうだね」とだけ青島は言った。
「タイミングを除けば結構相性いいと思うけどね?」
「そのタイミングが合わなすぎるのが原因なんじゃないの」
「……そうでした」
笑う。
すみれは呆れたように肩をすくめた。
「あー報告書まだこんなある……」
デスクに半分突っ伏してぼやく。
楽しそうな気配を泳がせながらすみれが椅子ごとこちらを向いたのが分かった。
「手伝ったげよっか?」
魅力的な提案だったがあいにく月末だった。もしかしたらだからこその提案だったのかもしれないが。
「いい。給料日前」
「ちぇ」
再び落ちる、沈黙。時計の音と頁を繰る音とペンを走らせる音。
ふと、耳元でもう一度彼女の声が聞こえてきた気がした。先程の、背中合わせの声。淡々と事実を口にして、けれど何故だろうどこか面白そうな。
あたしとあおしまくんってきっとさいこうにあいしょうわるいわよね。
そう言えばこれも一種のタイミングだったのだと今更気付いて、彼女の言葉の正しさに乾いた笑いでうなずくしかなかった。
背中越しに聞こえてきた声とその内容に、思わず青島は振り返った。
当直の日は面倒くさくて軽く憂欝になる。
何が面倒臭いかといえば、事件がなければとにかく暇なことだ。青島のように書類を溜めるタイプの人間にとってはそれらと格闘せざるをえない(何しろそれ以外仕事がないのである)ことも含まれるが。学生時代テスト前に苦手科目と唸りながら向き合った記憶が呼び起こされる。
一方すみれはデスクワークも折々に終わらせていくタイプらしく、片付けるべき仕事は残っていないようで先程から何やら雑誌を読んでいた。頁を繰る音は人気のない刑事課に割と大きく響くのだ。
とりとめもない会話と沈黙を繰り返しながら朝が来るのを待っていたのだが、何度目かの沈黙を破った言葉はあまりに唐突だった。
「すみれさん、それ、どゆこと?」
彼女の台詞の真意はまったく読めないが、突っ込まずにはいられなかった。
親しい同僚から『最高に相性が悪い』などと言い放たれてスルーできる人間などそうそういないだろう。
「んー?」
すみれは気のない返事をしたきり青島の問いに答えてくれる気配がない。ボールペンをデスク上に転がして軽く床を蹴った。キャスターが転がり椅子の背もたれ同士がぶつかる。
すみれがこちらに注意を寄こしたのを感じたので、上半身をねじり少し彼女の方を向いて、もう一度聞いた。
「だから、さっきの台詞、何」
「え、そのままの意味だけど」
「ごめん分からない」
正しく言いなおすなら、分かりたくない。
「えぇと、これ」
すみれは手にしていた雑誌を目の高さまで持ち上げて青島にも見えるようにした。てっきりいつものようにグルメ雑誌を開いて店のチェックでもしているのだろうと思っていたのだが、珍しく(と言うと怒られそうだ)違っていた。よく分からないがファッション誌か何かだろう。
下手を演出した丸っぽいフォントで恋愛だの出会いだの彼氏だの書かれている。それにしても女の子はこういうのが好きだよなぁととぼけたことを思った。たぶん青島の近くにいる女性陣が男らしすぎるせいだ。
「すみれさんそういうの好きなの?」
「特別嫌だっていう女はいないと思うけど。書いてあったら読むでしょ」
「……で、これがどうして俺らの相性が最高に悪いってことに繋がるの」
にっと笑って、すみれは雑誌と顔を戻した。三秒くらい彼女の背中と後頭部を見てから、青島もデスクに戻ってボールペンを再び手に取る。
ペンを走らせたところで、また声がした。
「だって、あたしと青島くんって、どうなってもおかしくなかったじゃない?」
飲んでもいないコーヒーを吹き出しそうになった。ついでにペンがあらぬ方向に暴走した。ちらかったデスク周りから修正液を探してごそごそしていると、後ろから「ん」と声がして、振り返ればすみれがこちらを見もせず修正ペンを差しだしてくれていた。
「ありがと。……何で分かったの?」
答えはない。
少しの間。
独り言が耳に届いた。
「うん、やっぱり最高に悪いわ」
すみれは何やらひとり納得している。訳が分からない青島は眉間にしわを増やすばかりだ。すみれが今こちらを向いていたなら「室井さんになるわよ」くらい言ったかもしれないが、彼女の視線は自分のデスクに置いた雑誌に向けられている。
口で言うより効果的な気がして細い背中をじっと見つめてみた。
居心地が悪そうに青島をちらと一瞥し、再び完璧に後姿を向けてから小さく息を吐いてすみれは「だからね」と言った。
「あたしたち、結構近いじゃない。お互いの考えてること何となくわかるし。さっき青島くんが修正ペン探してるって分かったみたいに」
頷く。見えないと分かって慌てて「うん」と相槌を打った。
「結構ご飯食べに行くし」
「俺に奢らせてんじゃん……」
「何よー青島くんが失礼なこと言うかするか、仕事手伝ってあげたとき限定でしょー」
返答に窮する。
仕事を手伝ってもらうことは確かにあるのだが奢りの頻度はそれよりはるかに高く、つまり自分の不注意な言動を遠回しに突きつけられたようなものである。しかも一応、自覚もある。時々理不尽だが。
「何より、何かそれっぽい雰囲気になったこともあるでしょ。何回か」
記憶を掘り起こしてみた。
何回か、どころか心当たりが多すぎて途中で嫌になった。
すみれの声は淡々と続く。
「結局、恋愛ってタイミングじゃない。ここまでタイミング合わないと、それもう相性が最高に悪いって域だと思わない?」
ねぇ? 同意を求めるようにこちらを向かれてどう反応したものか迷う。
確かにすみれの言うとおりである。
距離は近い。机の配置という物理的な距離ではない。
だいたいのことが分かるのだ。軽口の間合い。表情の変化。踏み込んでいい境界線。呼吸の感覚まで分かるかもしれないと思ってしまう。
ただその中で心だけが分からない。まるでミルクの膜に覆われているように。
ミルクの膜だ。少しつつけばすぐ破れる程度の。
それでも分からない――分かろうとしない――のだから、なるほど相性は最高に悪い。
「じゃあタイミング合ったら俺と付き合ってもいいってこと?」
途端にすみれは嫌な顔をした。素直なのは美徳だが少しはこちらのことを考えて欲しいと切実に思った。そもそも普段はまったく素直でないくせに何でこういう時だけ。
「やぁよ。青島くん事件持ってくるんだもん。プライベートまで事件に巻き込まれたくない」
「愛してるんでしょー仕事」
からかうようにつっついてみるが、すみれはふんと鼻を鳴らしただけだった。
「仕事ね。青島くんみたいに事件に恋してるわけじゃないから」
「……はいはい」
苦笑しながら、そうかこうやってタイミングを逃しているんだなと客観的に理解した。しかしだとしたらタイミングが合わない非はすみれにもあるだろう。
彼女にはもうすこし踏み込む隙があっていいと思うのだ。完全無欠な砦に一兵士はどれだけ労力をつぎこんでも侵入できない。ところどころにひびでもあれば突き崩せるのだが、嫌になるほど綺麗なものである。手段を選ばなければ分からないが、そこまで切羽詰まっているわけでもない。最後の一つは青島の非であるが。
踏み込まない男と、踏み込ませない女。敢えて手を伸ばさずとも届く関係。先程のように軽く床を蹴るだけでいい。そしていつしか駆け引きだけ上手くなりすぎた。どこにピリオドを打っていいのか途方に暮れて雁字搦めだ。
壊したくないわけではない。怖いわけでもない。踏み込んだ先に興味もある。それでも何も、変わらない。
もし明日死ぬとしても言わないかもしれない。
ずっとこのまま。
なんて幸せな怠惰だろう。
「ねぇところで何で『最悪』じゃなくて『最高に悪い』って言ったの」
終わらせた報告書をデスクの隅に追いやりコーヒーを取りに立つ。彼女の分も用意したら嬉しそうに受け取ってくれた。すみれが広げている雑誌はいつものグルメ誌になっていた。付箋がぺたぺた貼られている。今度はどこに連れてかれるんだろうか。可哀想な俺の財布。
可哀想な原因の半分が自分自身であることは無視する。
コーヒーを一口飲んで、彼女は首を傾げた。無意識に選んだ言葉だったのだろうか。
そして至極当然と言わんばかりに、
「だって『最悪』って何か嫌じゃない? 言葉的に」
とだけ返してきた。どうでもいいが見上げてくるすみれの目が青島は好きだ。
意味のわからない嬉しさがこみ上げてきたがコーヒーと一緒に飲みほして「そうだね」とだけ青島は言った。
「タイミングを除けば結構相性いいと思うけどね?」
「そのタイミングが合わなすぎるのが原因なんじゃないの」
「……そうでした」
笑う。
すみれは呆れたように肩をすくめた。
「あー報告書まだこんなある……」
デスクに半分突っ伏してぼやく。
楽しそうな気配を泳がせながらすみれが椅子ごとこちらを向いたのが分かった。
「手伝ったげよっか?」
魅力的な提案だったがあいにく月末だった。もしかしたらだからこその提案だったのかもしれないが。
「いい。給料日前」
「ちぇ」
再び落ちる、沈黙。時計の音と頁を繰る音とペンを走らせる音。
ふと、耳元でもう一度彼女の声が聞こえてきた気がした。先程の、背中合わせの声。淡々と事実を口にして、けれど何故だろうどこか面白そうな。
あたしとあおしまくんってきっとさいこうにあいしょうわるいわよね。
そう言えばこれも一種のタイミングだったのだと今更気付いて、彼女の言葉の正しさに乾いた笑いでうなずくしかなかった。
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