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Be praying. Be praying. Be praying.
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少年陰陽師、紅勾。
勾陣死ネタです注意。



消えるタイミングについて以前考察したやつの、(Ⅱ)のパターンだったらどうなんだろうって思って書いた話です。
前後のシチュエーションは何一つ考えてません。というか日記小話のいいところはそういう話が書けることだと思ってる←







 どうして勾は、微笑(わら)えたのだろう。





「……とう、…だ」
「もういい、もう喋るな! …頼む、死ぬなよ……!」

 俺の声は、情けないほど震えていた。吐き出した願いは俺の本心だったけれど、その分俺の不安を顕著に表わしていて、今にも泣きそうな声だと自分でも思った。
 それを見た勾は困ったような顔で微笑んだ。我が儘を言う子どもを相手にしているような、穏やかで、途方に暮れた表情。
 乾いた咳の音がした。勾の吐き出した赫色の霧は俺の肌にも付着して、細かな斑を作る。あぁ、だから! 恐れていることが現実になるかもしれない不安に自然と顔が歪む。無意識のうちに勾を抱いている腕に力がこもった。

「……と………だ、……、ほら」

 かすれた声が俺を呼ぶ。不自然なほど穏やかな声が俺を拘束したせいで、俺は勾が伸ばしてきた腕を止めることが出来なかった。震える腕が、手が、指が、あやすように俺の頬を撫ぜる。先ほど自分でつけた傷を、勾はゆっくりとなぞっていく。悪いな、と彼女の唇だけが動いた。
 背筋に氷塊が滑り落ちた。まずい、と頭のどこかで誰かが叫ぶ。

「勾、だから、もう…!」

 勾は緩慢に首を横に振った。

「…うん……な、ぁ……騰……蛇、」

 彼女は、笑っている。その目も、声も、信じがたいほど柔らかく、頬は愛しげに緩んでいる。まるで、幸せなのだと言いたげに。
 唇が五つの、声にならない音を紡ぐ。それとは別に、代わりに叱られておいてくれ、と言われた気がした。

 そうして、俺の頬に触れていたはずの指先は、力なく放れる。

「…………勾?」

 勾の腕はだらりと重力に任せて垂れている。指先が動く気配もなく、ぶらぶらと惰性で揺れていた。焦点を失った目は薄く開かれていて、けれど彼女が見ているはずの俺の姿は映っていない。ぼやけて濁った、曇った夜空のような黒がそこにあるだけだった。こんな色を、俺は知らない。

「…おい、勾。慧斗。おい……何の、冗談だ?」

 ゆっくりと彼女を揺する。力の抜けた肢体は俺が力を入れるとおりに、何の抵抗もなく動く。
 慧斗。呼んだ声は、行く当てを失くした迷子のもののようだった。応える声はない。何の反応もない。それでも信じがたくて、信じたくなくて、俺は呼ぶ権利も持っていない彼女の名を何度も呼ぶ。あの時呼んだ名は、確かに届いたのだ。二度目があってもおかしくはない。
 腕の中にある重みは本物で、温かくて。これがただの躯でしかないなどと、誰が信じれようか。たった今まで、彼女の心臓は動いていたのに。
 事実を信じられる訳もなく、俺は二度目の奇跡を期待する。お前の代わりに叱られるのはごめんだ、叱られるのはお前だろう。ほら、だから、だから戻ってこい。胸の内で語りかけながら、俺は彼女の体を揺する。

 不意に衝撃が訪れた。
 一度目のものより鋭く、大きく、そして呆気なかった。

 俺の中で、何か綺麗な音を立てて、ぱきんと割れたものがある。二度目の衝撃の余韻との相乗効果で、心臓がこれ以上なく大きく跳ねている。こめかみを冷や汗が流れ落ちた。
 現実を受け入れようとしなかった俺に、有無を言わさずひとつの事実が突き付けられる。無慈悲な、現実が。





 ―――――――――奇跡は、二度は起こらない。





 全身から力が抜けた。ふっとその場に座り込む。腕の中の躯はまだ温い。覗きこんだ黒曜の双眸の瞳孔が開いていた。
 俺は右手を彼女の顔上半分にやって、目を閉じさせてやる。静かな死に顔は、本当に幸せそうだった。何故笑えていたのか、俺には見当もつかない。本当は直接聞きたかったが、もうそれも叶わない。ここに残されているのは、ただの魂の脱け殻でしかないのだから。
 頬にかかっている髪を払い、口元にこびりついた血を指先でぬぐってやる。額の、普段は長めの前髪に隠れて見えない箇所に火傷の跡が残っていた。俺のつけた跡だった。

「慧斗」

 力を込めて、彼女を抱きしめる。
 全身に恐ろしいまでの倦怠感がのしかかっていた。助けたかった、他の誰でもない俺のために。俺が彼女を失いたくなかった。だのにこの腕の中にあるのは亡骸でしかない。

「慧斗、なぁ、」

 返答など来ないと知っていながら、俺は勾に語りかける。何らかのかたちで感情を外界に出してしまわなければならないのだと、軋んだ心が言っている。
 俺にはお前が必要だったんだ。絶対に失いたくないひとつだったんだ。欠けてしまってはならない、俺の世界を構成する物質のひとつだったんだ。お前が俺の背を守っていてくれたから、お前が後ろに居てくれたから、俺は前を見ていることが出来たんだ。お前がいてくれたから、俺は犯した罪過に押しつぶされずに息が出来ていたんだ。お前が引き上げてくれることを知っていたから、俺は安心して沈み込むことが出来たんだ。いつごろからなのかは分からないけれど、お前は確かに俺の支えだったんだ。いきなり支えを崩されて、俺はこれから何によりかかればいい。
 俺は勾の体を少しだけ離す。がくりと彼女の首が後ろにのけぞった。それを右手で支えてやり、俺は赤い唇に自分のそれを近づける。
 触れあう。まだ、温い。白磁の肌に何か雫が一滴だけ伝う。
 血の味がした。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 じきに、ぽつぽつと、同胞たちが俺達の許に集い始めた。全員がそろうのにさして時間はかからなかった。その間、俺はずっと、彼女の躯を抱いていた。
 同胞たちが集う前に彼女が消えてしまわなくてよかったと俺は安堵した。勾の魂を看取ったのは俺だけ。せめて、勾の体は他の十人にも看取って欲しかった。ただ消滅を待つだけの躯を見て、消える瞬間を目に焼きつけて、今俺が腕に掻き抱いている勾が、今の『勾陣』が確かに生きていたのだと、彼らの中に刻みつけておいて欲しかった。
 全員の目に、寂しげな光が揺らめいている。悲しげに、悔しげに。太陰や玄武、天一は既に泣いていた。誰よりも泣きじゃくっていると思っていた天后は、予想に反して瞳を揺らめかせているだけだった。ただ、その頬に、涙の跡が残っている。そして、翠の双眸が昇華されない感情でひび割れていた。……感情が現実についていけないのだろう。突然の喪失に、心が麻痺してしまったのかもしれない。俺と同じだった。
 勾の体を地面に寝かせようかとも思ったが、放しがたくて、結局出来なかった。躯はまだ、温かった。きっと俺がずっと抱きしめていたからに違いない。
 天后が傍にやってくる。俺は何も言わない。天后も、他の誰も、何も言わない。
 天后が勾の手を握った。「勾陣」と、震えてかすれた声が何度も彼女を呼ぶ。当然のように、応える声はない。物言わぬ躯は、もう、何も語らない。
 ひくり、と嗚咽が聞こえる。太陰のものだろうか。それにつられるように天后の頬に水が流れる。乾いた大地に落ちて斑の染みが描かれた。

 しばらく、彼女の躯は、俺の腕の中にあった。消えずに、その重みを、存在していたことを静かに主張していた。その間ずっと、勾は温いままだった。

 ―――――――――やがて。

 どれだけの時が経ったのか。ふと、勾の体が燐光を発しているのを認める。あぁ、『その時』が訪れたのだ。もう、彼女を偲ぶよすがさえ失くなってしまうのだ。そう思うと、音を立てて心が軋んだ。
 天后の肩が震える。恐れだろうか。他の同胞にまで気を配る余裕はなかった。そのうち天后のことも思考から消えていく。勾のことだけが俺の思考を占めた。数え切れない思い出が浮かんでは消えていく。もう、増えはしない思い出たちだ。

「………慧斗」

 消えゆく躯に俺は語りかける。誰かが息を呑んで俺を見たのに気がついた。他の誰かも驚いたように俺を、そして彼女を見つめる。
 晴明から貰った彼女の至宝。他の十人がそれを覚えてくれればいい。勾陣ではなく、慧斗を。この、彼女を。俺だけではなくて、全員に、覚えていてほしかった。彼女の存在が、俺の長い夢のなかだけのものだったのだと疑う日が訪れないように。彼女の存在が確かなものだったと思い続ける事が出来るように。
 俺は、勾の至宝を呼ぶ。

「慧斗」

 頬に触れる。綺麗な肌だった。光の微粒子が指先に絡む。ひと欠片でいいから残ってくれればいいのに。それが叶わないことは知っていた。
 俺は笑う。死の間際に勾がそうしたように、無理やりに微笑む。ありがとうと、あの時唇だけが紡いだ言葉が、声を伴って聞こえた気がした。
 最後に勾にかけた言葉は、やはり、泣きそうなほどに震えて、かすれて、けれども柔らかく穏やかで、甘かった。



「……おやすみ。慧斗」

拍手[1回]

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無題
こんばんは。
感想書かせて下さい。
まとまってないかもしれないけど。


泣けるほど、長い文章じゃなかったけど、泣きそうでした。
最初読み始めた時は、いつもみたいに普通に文を読んでたんです。それが、最後には感想を書きたいくらい素敵で、紅蓮の思いが伝わってきて、天一の時は朱雀しか看取れてないからっていうのが浮かびました。
皆に看取ってもらえて、紅蓮は嬉しかったでしょうね。


では、乱文失礼しました!
2008/11/26(Wed)22:44:45 編集
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碧波 琉(あおば りゅう)
少年陰陽師・紅勾を中心に絶えず何かしら萌えor燃えている学生。
楽観主義者。突っ込み役。言葉選ばなさに定評がある。
ひとつに熱中すると他の事が目に入らない手につかない。

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