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極彩色の世界へ戻る。




取り敢えず自分を満足させるためだけに書いた自分が楽しいだけな紅勾。
というか基本的にこのサイトはそういうところです。うん。

 おもむろに後ろからぎゅうと抱きしめられて、勾陣の心臓は驚きに跳ねた。
 紅蓮の気配が背に立ったのは当然気づいていたが、呼びかけられもしなかったので、勾陣は敢えてそれを無視していた。わざわざこちらから促す必要性もなさそうな雰囲気だったし、どうせまた背を合わせて無為に時を過ごしにきたのだろうと思ったのだ。暇を持て余したとき、彼も彼女もその行動をとろうとする傾向がある。背中合わせで相手の温度を感じながら呼吸を数えることは静謐で崩れようのない幸福を与えてくれるのだ。
 けれど紅蓮の行動は勾陣の予想を大きく外れていて、彼女は柄にもなくひどく動揺した。
「騰蛇…?」
「ん」
 生返事にかちんときはしたが、なぜか怒りは長続きせずに心鼓の音にまぎれて霧散していった。勾陣の前で組まれていた紅蓮の手が少し動いて、そっと頬に触れる。その温度に誘導されるように、ささめきのごとく熱が集まっていくのを感じた。
 紅蓮がこのような行動を起こすことは、彼と過ごした長い時の中でもただの一度もなかった。彼と彼女の関係性自体が一種不可思議な次元にあったことが大きい。
 互いが互いを想っていることは暗黙の自明だった。どちらが先などという問いはこの世界のどんな愚問よりも意味を持たなかった。互いが互いを想い、しかしそれでも、紅蓮も勾陣も、その感情を言葉にしたこともなかったしかたちにしたこともなかったし現そうとしたこともなかった。そしてまた、言葉にされたこともなかったしかたちにされたこともなかったし現されたこともなかった。だが、それでいてなお、おそらく「愛」と呼ぶべき感情は受け入れてくれる先を持ち主の意志とは関係なく見つけ、長い時のなかでどうしようもなく煮詰まっていった。昇華されることはなく、さりとて消滅する道理もなく。そうして精製された最高純度の感情は、ついには愛も恋も友情も信頼すらも超越した次元に上り詰めてしまった。確たる証拠を得たことなどなかった。けれどふたりはいつの間にか結ばれていた。ふたりともそれを知っていた。想い合う心がある。それだけは確かで、それだけが確かだった。そしてそれだけで充分だった。立ち位置も行動も距離間も変わることなどなく、そこにあるのはただ空の色を溶かした水彩絵の具で描かれた静かで穏やかなだけの世界と、それを縁取る透明な幸福だけだ。悲しいほどの喜びも焦がれるほどの苦しみも、むせかえるほどの甘さも泣きたくなるほどの痛みも、何もない。
 だから、彼と歩んできた長い時の流れにあって、紅蓮がこのような行動を起こすなど一度もなかったことで、彼女の予想を大きく外れたものだったのだ。
 紅蓮の手が肌を辿る。指先で頬を軽くたたき、髪先を遊んではうなじをなぞり、肩から腕を下っていって、すっぽりと指が絡めとられた。くすぐったかった。けれど、煽るような何かはなかった。奇妙に居心地が悪くなって身じろいだが、逃げるつもりは毛頭なく、紅蓮もそれを分かっているのか、彼女を解放しようとはしなかった。
 仰のくと紅蓮と目が合った。軽く見開いた黄金の双眸を染めているのは何か面倒くさい感情ではなくて子供のような好奇心のように思えた。少し安堵して、少し落胆した。そして自分がそんなことを思ったことにも、少し安堵して、少し落胆した。自分の目も同じような色を宿しているだろう自覚はあった。
「騰蛇」
「あ」紅蓮の唇からそんな音が漏れた。「……怒ってない、か?」
 勾陣は胡乱と呆れで眉を潜める。
「今更何を言っているんだ」
「あ、いや、すまん、今更気づいた」
「なんだそれは」
 笑う。誤魔化すような仕草で紅蓮は勾陣の頬に唇を押しつけた。喫驚とはまた違う動力を得て心臓が速まっていくのを感じていた。どうしようもなくくすぐったくなって、絡められた指からするりと逃げ出すと、半身をひねって、同じように、彼の頬に口づけをした。紅蓮は空になった手を再び勾陣の腹の前で組んだ。力強い腕に閉じこめられて、ふと思ったのはここは自分にとって世界でもっとも安心できる場所であるのだなということだった。
「…こういうことを」
「うん?」
「してこなかったなと、思ってな。それで、どんななんだろう、と」
「……そうか」
 紅蓮の指がとんとんと勾陣の頬を叩く。もう片方の手は相変わらず勾陣の腹の前にあって、彼女はそこに自分の手を重ねた。
「それで」
 そう動いた勾陣の唇を褐色の指がなぞる。愛おしむというより、慈しむというより、感触を確かめるような手つきで。
「どうなんだ? 騰蛇。感想は」
「………うん、そうだな」
 紅蓮は自分より一回りは小さい彼女の体を反転させた。彼の両手はするりと勾陣の腰に落ち着いたが、やはりそういう意図は皆目感じられなかった。だから勾陣もそれを抵抗なく受け入れ、ただやり場のない両手にかすかな寂寥を覚えた。
「ずっと、別にいいかと思っていたが。……いいな、こういうのも」
「悪くない、か?」
 紅蓮は少し考え込み、
「…いや、そんなものじゃない。俺は今までにも充分満足してきたし、お前もそうなんだろうが、それでも、惜しいことをしてきたかもしれない…かもな。……すまん、自分でもまだよく分からん」
 紅蓮は真剣な目をしていたが、それでも分かりやすく困惑していた。淡い単色画の関係性、その充足と幸福を否定しきれないのだろう。勾陣はなんだか無性に嬉しくなった。否定できないような男だからこそ、彼女はこうして逃げずにいる。
「ならば、騰蛇。もう少し、試してみるか?」
 どのみち今までが否定されるわけでもこれからが否定されるわけでもない。関係性など互いが望む方向に変わっていけばいいだけで、順番が多少前後していようが問題ないのだ。
 勾、と呼ばれかけた音を遮るように、勾陣は手を伸ばして紅蓮の首へ絡め、うんと背伸びした。



 (ほら、もう一度、恋から始めてみようか。)

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碧波 琉(あおば りゅう)
少年陰陽師・紅勾を中心に絶えず何かしら萌えor燃えている学生。
楽観主義者。突っ込み役。言葉選ばなさに定評がある。
ひとつに熱中すると他の事が目に入らない手につかない。

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