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Be praying. Be praying. Be praying.
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 別段何があったというわけでもない。ただ午前一時も過ぎてみなが寝静まってしまった後に、なんとなくまだ眠たくないからとなんとなく他愛無い話をしているうちに、またなんとなく空気が甘やかなものになって、それ以上の何かを別段望むわけでもなく、ソファの隣に座っていた勾陣の細身を引き寄せて抱き寄せて凭れ掛からせて髪を梳いて、時折思い出したかのように口付けをして額を触れ合せて、あるいは彼女の方から頬を押し付けて耳元で笑って、そんなことをひそやかに繰り返した。むせ返るほどの甘さに取り巻かれながらしかしそこはどこか子供同士の無垢な秘密か、そうでなければ平和な獣のじゃれ合いに似た空気が漂っている。自分たちはいつもこうだ。体を求める時もあるけれど、それ以上にただゆっくりと共に時を数えようとする。癖、とは少し違う。自然な在り方として落ち着いただけだ。
 ふと、紅蓮の肩口に額を押し付けていた勾陣の体からとろとろと力が抜けたのが分かった。
「勾? 眠いか?」
 壁掛け時計を確認すると二時七分前を指している。声を潜めて問いかけ少し覗き込むと、ごろごろ喉を鳴らす猫のような表情が八割夢路に引きずられながら辛うじて紅蓮を確認した。そんな顔もするんだなと滅多にお目にかかれない表情ににやける頬を正す努力もしないで、紅蓮は少し体勢を変えて彼女が楽なように引き寄せ支えた。いまベッドに引っ張っていったら逆に起こしてしまうだろう。
 幼子を寝かしつける時のように背を撫で、また一定間隔で優しくあやす。勾陣は時折悪気なしの自然体で紅蓮に対し上から目線の子供っぽさを閃かせるが、それは忘れたころにこんな風に可愛げとして顕わになる。頻度で言えば紅蓮を困らせて振り回して面白がる悪質さとして出現する方がよっぽど多いが。
 時計が二次五分前を指すより早く彼女の呼吸が寝息になった。そっと横抱きに抱えると彼女はかすかに身じろいだが、すぐに紅蓮の腕に上手いこと収まって大人しくなる。先ほどの表情と同じく寝顔もどこか幼く見えた。これを拝むことができるのは紅蓮の持つ特権の一つで、そして彼はそれをいたく気に入っている。
 おもむろにささやかな欲求が湧き出た。それを少しも阻害する何かはなく、紅蓮は普段の彼を思えばありえないほどすんなりと溢れた心を言葉に変えた。
「…………愛してる、勾」
 聞こえていないと思えば簡単に言える。告げてやりたいと思う気持ちはあるが、三十分前に言っていればどんな顔を見せてくれたかなと想像はするが、気持ちと現実は別である。それに彼女の性格を考えれば頑張ったところで「知っている」と笑顔で受け止められそうだ。それが悪いとは決して決して言わないが。
 腰を上げ、たまたま置きだしていた誰かがいたりしてそいつと鉢合わせなどしないようにと願いながら彼女の部屋へ向かう。別に何か不都合があるわけではないが、なんというか、たぶん後後面倒くさい。
 暦の上では春が来て二週間経ったが冬は名残どころか現在進行形でまだまだ活発だ。廊下も数時間無人だった部屋もひんやり寒い。塞がった両手でしかし器用にドアを空けた紅蓮は、そのまま真っ暗な部屋に入り込み軽い体をベッドに寝かせる。毛布を肩口までかぶせてやったとき、シーツが冷たかったのか、彼女の瞼がかすかに震えて暗闇よりもなお深い黒がうっすらと眠気にぼやけながら開かれた。
「ほら、おやすみ」
 紅蓮はそう言って二、三度毛布の上から勾陣の肩を軽く叩いたが、勾陣は相変わらず眠たそうな色を隠そうともしないまま、けれど両手を伸ばして紅蓮の首筋へ絡ませた。
「勾?」
「……もう一度」
 簡素な一言に、しかし紅蓮はぎくりと強張った。
 わざわざ記憶を振り返るまでもなく心当たりはあって、けれどまさかと思いながら紅蓮は錆びそうな声で聞き返す。
「聞こえてた、の、か?」
 だが、たぶん聞き返した言葉が間違っていた。というより、聞き返すという選択が間違っていた。しらを切ってさっさと眠りに追い落とすことだっていまならできたのだとまさにいま気付く。
 勾陣は重たげにまじろぎながらのどの奥で笑った。
「ああ。聞こえた」
「いや、あの、あれは」届かないと高をくくっていたからこそ安心して言えた本心であって、安っぽい口説き文句などでは決してなかったけれど、それでもこんな事態は予想外で、紅蓮は何度も口を開閉させる。目が泳ぎ、頬に熱が集まるのが分かった。脈打つ音まで聞こえてきて、全身が心臓になった気分だった。「いや、別に、戯れじゃない、が、あれはその」
 完全に混乱しながら腑抜けた顔をして言い訳まで始めた紅蓮に、勾陣は一つ欠伸を噛み殺して「いいから」と言った。
「眠い。から、早く。おかわり」
 首に回った腕にきゅうと力が籠る。心臓が跳ねて、息を忘れた。そんな言葉を言わせてなお、逃げることはできなかった。紅蓮は引き結んだ唇を言葉を探してわななかせたあと、泳がせていた視線を彼女に据え、いたくぎこちない動きで白い耳元に口を寄せると、呼吸ひとつ分の静寂を待って、ささやき声で心からの言葉を届け直した。

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碧波 琉(あおば りゅう)
少年陰陽師・紅勾を中心に絶えず何かしら萌えor燃えている学生。
楽観主義者。突っ込み役。言葉選ばなさに定評がある。
ひとつに熱中すると他の事が目に入らない手につかない。

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