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スーパームーンらしいので。月なら紅勾だろという単純思考により。

 そういえば、お前を月に喩えたことがあるよ。勾陣は唐突にそう言った。
「何だ、急に」
「いや? なんとなく思い出しただけさ」
 一切の誤魔化しがない軽やかな声音で紅蓮の疑問をさらりとかわし、勾陣は紅蓮の目の前で左手に持った缶を振る。冷蔵庫の中から適当に拝借した酎ハイだ。ちなみに紅蓮も同じように缶ビールをひとつ手に持っている。
 ひと口貰って眉を潜める。
「ほとんどジュースじゃないか」
「いいんだよ、どうせ人間の酒では酔えないんだ」
 一緒だ一緒、と紅蓮の手から酎ハイを取り戻して彼女はそのまま缶に口をつける。白いのどが一度、上下する。
 いつになく月が大きく明るく見える夜であるらしい。たったそれだけのことで、紅蓮たち神将にとってはさして珍しい現象と言うわけでもないが(なんせ人に仕え人界に降りるようになってからの時を数えてもすでに千年を超えている)、どうせだからと勾陣とふたり、縁側に並んだ。酒を酌み交わしたりふたりで出かけたりするのに天文現象以上に使いやすい言い訳はない。そんなものなくても構わないと言えば構わないのだけれど、無意味な口実でも必要なものは必要なのだ。人間のイベントに乗じるよりは気恥ずかしさを感じなくて済むという理由も紅蓮の側にはある。
「それ、いつのことだ?」
「ん?」
「俺を喩えたと。聞いたことがないが」
「ああ」柱に凭れ掛かって片膝をつき、勾陣は目を細める。「千年前だな。昌浩に」
「なんでまた」
「……そんなこと、知る必要はないよ」
 唐突に調子の変わった勾陣の声に痛みのかけらを聞いた気がして、あからさまな拒絶に紅蓮はそれ以上問いを重ねられなくなる。それでもどうにも消えない好奇心に、紅蓮は質問の方向性を変えた。
「どうして月なんだ」
 南の空高く煌々と、今夜は確かに普段より明るい、紅蓮は自分があれに喩えられることが理解できない。この身も魂もあんなに綺麗なものではない、むしろ凛然と高潔に在り続け皆から好まれる様を思えば喩えられるべきはいま紅蓮の隣にいる勾陣だ。誇らかにぴんと伸びる背を、紅蓮は明るすぎる満月に重ねて見た。
 彼女は今度の問いには答えてくれた。
「見えても決して近寄れない」
 短く一言。
 極限まで手を抜いた台詞に思わず紅蓮は目を細めた。
「…は?」
「だから、理由だよ。別に大したものじゃない、それだけだ」
 星でもなんでもよかったんだが、と勾陣は続け、「だが」そう言ってしばらく南天を見上げる。つられて紅蓮も。普段より明るいと言っても、紅蓮の記憶にはもっと主役気取りで光り輝く月影がいくつも残っている。
 やがて勾陣はジュースに等しい酎ハイを軽く煽ると、少し寂しげに微笑む。「そうだな、うん。お前は月だ」
 断言されて、彼は考え込む。自分と月が通ずる部分。真っ先に重なったのは明るすぎる光に星々が飲み込まれ見えなくなってしまっているところで、強すぎる故に周囲を傷つけ壊す炎の神気のようだと言えばようだと紅蓮は思ったが、それを口にするときっと勾陣が傷つきながら怒るだろうから声にはしない。紅蓮にとってその事実はまだ彼が『紅蓮』でなかったときから納得し受け入れてきたもので、確かにそれゆえの孤独は心臓に深く突き刺さっていたけれど、もう紅蓮は独りではないし独りになることもないから、それはほんとうに今夜の月が普段より一割増しほど明るく大きいという事実と同程度の事象に過ぎないのに、それでも彼女はかすかに目を伏せ言葉を飲み込んでくれるのだ。彼女自身そう思っているだろうくせに、もしかしたらだからこそ。それが嬉しいと言ったらやはり勾陣は怒るだろうから口にはしない。
「……近寄れない、か?」
 代わりに先の彼女の言葉を口にする。勾陣は頷く。「ああ」
「近寄れない、捕まえられない、触れられない、ずっとそこにあって、わざわざ気にせずとも見える距離にあるのに、だ」
「それは、お前にとっても、か?」
「…………ああ」
 わずかな間を開けて、彼女は吐息のように肯定する。
 解せずに紅蓮は顔を渋める。彼は意識して彼女を優先している、それに恋仲の女に触れられないなどと言われて黙って頷くわけにもいかない。
 だが勾陣は紅蓮の内心を柔らかに否定した。
「千年前からずっと、お前は私を『いちばん大事』とは言い切れないだろう」
「……それは」
 言葉に詰まる。
 千年前、『紅蓮』の名をくれた男がいた。孤独を照らした子供がいた。男は老いて老人となりそして死に、子どももまた成長し青年から老人へと時を刻みそして死に、少なくともその間紅蓮にとっては彼らふたりが何より大切で、大切で、勾陣が死にかけた折りには底知れぬ虚無感と恐怖に寒気がしながらそれでも彼らの方が大切で、そして勾陣はそんな紅蓮を理解していたし、それにとどまらずお前は正しいと紅蓮の背を押していた。私を最優先しないお前は正しいと。
 彼らはいなくなったけれど、彼らの血脈は連綿と続き、だから紅蓮はいま縁側に腰掛けて人界の月を眺めている。そして彼らはいなくなったけれど、紅蓮はまだ、勾陣をいちばんだと胸を張って言ってやることができない。いなくなった彼らほどではなくとも彼らの子孫たちはやはり紅蓮にとって大切な者たちなのだ。そして勾陣はそんな紅蓮を、やはり正しいと笑っている。
「こら、騰蛇、沈むな」勾陣は軽く紅蓮を小突く。「お前を責めたいわけじゃないんだ、ただの事実だろう」
 勾陣は彼女の言う通り淡々と音読でもするかのように言を紡ぎ、そのくせ内容だけを取り出せばそれは紅蓮を責めていて、ちぐはぐな言葉が紅蓮には居心地悪い。
「どちらかと言うと、私にとっては水面の月だな。触れているのに、手の中にあるのに、それはお前のすべてではないしお前の本質でもないしすぐに私の手から離れてしまうものだ」
「……勾…」
 そんな言葉を言わせるために隣にいることを望んだわけではないのに、彼女の声を止めるためのいっさいの言葉を紅蓮は持っていなくて、だから代わりに彼女を傷つける言葉ばかりを吐き出すその口を塞いだ。三秒間。触れるだけ。少しべとついた甘味が伝わる。
 離れるなり勾陣はくつくつと肩を震わせた。
「いいんだよ、騰蛇」
「勾?」
「そうやってお前は私を気遣うから、私を大事にしてくれるから」
 問題なんて何もないんだ、と、今度は勾陣から触れ合った。
「それにこの瞬間だけは、私のことがいちばんだろう?」
 スーパームーンなんて現象を言い訳にふたりで並ぶ縁側、静かな夜と明るすぎる満月と風を縫う声はふたり分、他に誰かの気配もなく、まるで自分たちのための世界であるかのように。
 自惚れとは違う、絶対的な自信に満ちた微笑が南天の月よりはるかに眩しく美しい。
 三度目のキスをした。
 水面の月でも、月は月だ、と、彼女は言った。

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碧波 琉(あおば りゅう)
少年陰陽師・紅勾を中心に絶えず何かしら萌えor燃えている学生。
楽観主義者。突っ込み役。言葉選ばなさに定評がある。
ひとつに熱中すると他の事が目に入らない手につかない。

今萌えてるもの
・紅勾、青后、勾+后(@少年陰陽師)

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