Be praying. Be praying. Be praying.
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「trick and treat」
ダイニングに来たなり開口一番そう言った勾陣に、そら来た、と紅蓮はさして驚きもせずその台詞を受け入れたが、新聞を閉じクッキーの袋を渡そうとしてはたと気づく。
「……アンド?」
定型文はtrick "or" treat.のはずだ。勾陣は「気づいたか」と悪びれる様子も冗談ごかす様子もなくさらりと言って紅蓮からクッキーを取り上げ、挙げ句それを見てつまらなそうに口を尖らせる。
「市販品か、というかそこから取るのか」
勾陣の目の前で紅蓮は籠に手を伸ばしたのだ。ダイニングテーブルの端には開封した菓子類を突っ込んでおく籠が常備されている。菓子は特別好んでいるわけじゃないがあればつまむくらいのスタンスが神将含めて安倍家の人間の基本なのでいつからか自然にこうなっていた。いま勾陣に渡した物もいつ誰が買って誰が開封したのか紅蓮は知らない。あまり甘くなかったはずなので彼女の口に合わないことはないと思うが。
「どこまで俺に求めてるんだお前は、作れってか」
「お前は煮ると焼くしかできないがクッキーくらい焼くの範疇だろう」
「ちょっと世の菓子職人に謝れ、勾」
なかなかすばらしい暴言が飛び出した気がしてならない。
勾陣は紅蓮の隣の椅子に腰を下ろし、クッキーを開封しながら「紅茶が欲しい」と言った。「あーはいはい」と立ち上がり、ティーカップを取り出してから自分でやれと突き放してもよかったことに気づいて思わず紅蓮は勾陣を振り返る。なんだ、とクッキーをかじりながら涼しい顔の彼女に文句を言う気も失せて大人しくティーパックを取り出した。そのタイミングで「茶葉がいい」なんて注文が飛んでくる。ティーパックをすでに開封してしまっていたので今度は黙殺した。
「ここで言ったのが失敗だったかな、来年からは気をつけるか」
「それ反省点なのか。言っておくが今日は俺飴を持ち歩くつもりだったし今も持ってるからな。主にお前対策で」
というかただの勾陣対策で。
スーパーやら雑貨屋やら百円ショップやらでハロウィングッズを売っていたので紅蓮には今日が何の日かという認識がきちんとあり、面白いことと紅蓮をからかうことが好きな勾陣がこのイベントを放っておくことはないだろうとポケットに飴玉をひとつ突っ込んでおいたのだ。名付けて護身用飴。おかしな響きだ。今は近くにもっと手頃な物があったからそちらを渡しただけである。
勾陣はおもしろくなさそうに眉をひそめた。
「なんだつまらん」
「俺だって学習くらいするわ」
何度現代のイベントごとにかこつけてからかわれて醜態を晒したことか。
湯気を立てるティーカップを勾陣の前に置く。ストレートのアールグレイだ。悪いな、と勾陣はカップに口を付けた。どう考えても悪いとは思っていない。
涼しい横顔を三秒眺めて、紅蓮は口を開いた。
「勾」
「ん?」
「trick or treat.……その籠の中のはなしな」
勾陣は紅蓮の方を向いて軽く目を丸くした。もしかしたら予想外の反撃だったのかもしれない。紅蓮は彼女の何か言いたげな視線を受け流す。付け足した条件はあるとは言え、定型文通りの「オア」なだけ勾陣の攻撃よりどう考えても良心的だ。と言うかあのアンドはまだ生きていたりしないだろうな、と紅蓮はちらり考える。
「……仕方ないな」
「何がだ」
先に仕掛けてきたのは勾陣である。
勾陣は躊躇うそぶりもなく小袋に残っていたもう一枚のクッキーを取り出してその端を歯に挟み、そのまま紅蓮の肩に手をかけて身を乗り出すと彼の口元にそれを突きつけた。そして紅蓮は固まった。何をしているんだこの女はと考えながらその段階で思考が終わってしまって結局ろくに頭は動かない。「ん」と急かしてくる勾陣の目に促されるまま口移しでそれを受け取る(もはや手で受け取れる距離ではなかった)。勾陣は後悔の様子も名残を惜しむ様子もなく紅蓮から離れると唇についたくずを拭っている。物言いたげな紅蓮の視線にも彼女は素知らぬ顔で再びカップに口付けていて、これはたぶん先ほどの仕返しだろう。
クッキーを一口かじりながら紅蓮は「おい、勾」と口を開く。
「まずこれさっき俺がやったやつだろ」
「だからサービスしてやっただろう。不満か?」
サービスと言われれば確かに度を超していたずらの域に差し掛かったサービスだったが。と言うかこれもしかしてさっきのアンドの正体かと紅蓮には思われて仕方がない。ぐるぐると思考は回ったが、紅蓮は結局「いや別に」とそれ以上の文句と追求を放棄した。
ダイニングに来たなり開口一番そう言った勾陣に、そら来た、と紅蓮はさして驚きもせずその台詞を受け入れたが、新聞を閉じクッキーの袋を渡そうとしてはたと気づく。
「……アンド?」
定型文はtrick "or" treat.のはずだ。勾陣は「気づいたか」と悪びれる様子も冗談ごかす様子もなくさらりと言って紅蓮からクッキーを取り上げ、挙げ句それを見てつまらなそうに口を尖らせる。
「市販品か、というかそこから取るのか」
勾陣の目の前で紅蓮は籠に手を伸ばしたのだ。ダイニングテーブルの端には開封した菓子類を突っ込んでおく籠が常備されている。菓子は特別好んでいるわけじゃないがあればつまむくらいのスタンスが神将含めて安倍家の人間の基本なのでいつからか自然にこうなっていた。いま勾陣に渡した物もいつ誰が買って誰が開封したのか紅蓮は知らない。あまり甘くなかったはずなので彼女の口に合わないことはないと思うが。
「どこまで俺に求めてるんだお前は、作れってか」
「お前は煮ると焼くしかできないがクッキーくらい焼くの範疇だろう」
「ちょっと世の菓子職人に謝れ、勾」
なかなかすばらしい暴言が飛び出した気がしてならない。
勾陣は紅蓮の隣の椅子に腰を下ろし、クッキーを開封しながら「紅茶が欲しい」と言った。「あーはいはい」と立ち上がり、ティーカップを取り出してから自分でやれと突き放してもよかったことに気づいて思わず紅蓮は勾陣を振り返る。なんだ、とクッキーをかじりながら涼しい顔の彼女に文句を言う気も失せて大人しくティーパックを取り出した。そのタイミングで「茶葉がいい」なんて注文が飛んでくる。ティーパックをすでに開封してしまっていたので今度は黙殺した。
「ここで言ったのが失敗だったかな、来年からは気をつけるか」
「それ反省点なのか。言っておくが今日は俺飴を持ち歩くつもりだったし今も持ってるからな。主にお前対策で」
というかただの勾陣対策で。
スーパーやら雑貨屋やら百円ショップやらでハロウィングッズを売っていたので紅蓮には今日が何の日かという認識がきちんとあり、面白いことと紅蓮をからかうことが好きな勾陣がこのイベントを放っておくことはないだろうとポケットに飴玉をひとつ突っ込んでおいたのだ。名付けて護身用飴。おかしな響きだ。今は近くにもっと手頃な物があったからそちらを渡しただけである。
勾陣はおもしろくなさそうに眉をひそめた。
「なんだつまらん」
「俺だって学習くらいするわ」
何度現代のイベントごとにかこつけてからかわれて醜態を晒したことか。
湯気を立てるティーカップを勾陣の前に置く。ストレートのアールグレイだ。悪いな、と勾陣はカップに口を付けた。どう考えても悪いとは思っていない。
涼しい横顔を三秒眺めて、紅蓮は口を開いた。
「勾」
「ん?」
「trick or treat.……その籠の中のはなしな」
勾陣は紅蓮の方を向いて軽く目を丸くした。もしかしたら予想外の反撃だったのかもしれない。紅蓮は彼女の何か言いたげな視線を受け流す。付け足した条件はあるとは言え、定型文通りの「オア」なだけ勾陣の攻撃よりどう考えても良心的だ。と言うかあのアンドはまだ生きていたりしないだろうな、と紅蓮はちらり考える。
「……仕方ないな」
「何がだ」
先に仕掛けてきたのは勾陣である。
勾陣は躊躇うそぶりもなく小袋に残っていたもう一枚のクッキーを取り出してその端を歯に挟み、そのまま紅蓮の肩に手をかけて身を乗り出すと彼の口元にそれを突きつけた。そして紅蓮は固まった。何をしているんだこの女はと考えながらその段階で思考が終わってしまって結局ろくに頭は動かない。「ん」と急かしてくる勾陣の目に促されるまま口移しでそれを受け取る(もはや手で受け取れる距離ではなかった)。勾陣は後悔の様子も名残を惜しむ様子もなく紅蓮から離れると唇についたくずを拭っている。物言いたげな紅蓮の視線にも彼女は素知らぬ顔で再びカップに口付けていて、これはたぶん先ほどの仕返しだろう。
クッキーを一口かじりながら紅蓮は「おい、勾」と口を開く。
「まずこれさっき俺がやったやつだろ」
「だからサービスしてやっただろう。不満か?」
サービスと言われれば確かに度を超していたずらの域に差し掛かったサービスだったが。と言うかこれもしかしてさっきのアンドの正体かと紅蓮には思われて仕方がない。ぐるぐると思考は回ったが、紅蓮は結局「いや別に」とそれ以上の文句と追求を放棄した。
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