忍者ブログ
Be praying. Be praying. Be praying.
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

変わらない、と思っていた。確かに恋情を伴いつつも、自分たちの関係は永久に友情と信頼の延長線上にあり、関係性の名は変われど関係そのものが大きく変容することはないと、そう思っていた。そのくせ満たされない愛情を無視しながら安定した関係性を変えてしまうことは怖かったのだから不思議なものだ。
 そんな話をすると、左隣に落ち着いた勾陣は紅蓮を見上げて軽く首を傾げた。緩やかな夜風に黒髪がさらりと揺れる。
「私もだいたいは同意見だが、……『変わってしまった』か?」
 思わぬ問いかけに、紅蓮は瞬きをして少し考え込み、「いや」と呟く。否定的な感傷や惜しむべき何かは、少なくとも紅蓮の側には存在しない。
「変わって『しまった』、とかじゃないな。なんだ……『増えた』?」
 いまいち要領を得ない紅蓮の言葉に勾陣が吐いた息は呆れ混じりながら笑っていた。
「なんだそれは、と言いたいところだが、案外的を射ているな」
 不正解ではないらしいが、黒い瞳に入り混じる呆れの色が紅蓮にはやや面白くない。
「あやふやで悪かったな。こういうのはお前の得意分野だろう」
「言いだした側が何を」
 拗ねるなとまで言われてぐっと押し黙る。口論に勝てる道が見いだせなかったので、紅蓮はそれきり反論をやめた。諦めが早いのが面白かったのか、勾陣は軽く夜空を仰ぎながら声を殺して笑っている。
 とりとめもなくて気の置けない、不毛で心地のいい会話は変わらない部分のひとつだった。そうだ、完全に変わってしまったわけではない。二人の間柄は確実に変容を遂げながらけれど芯を留めたままだ。独占欲が信頼を損ねてしまうことはなく、庇護欲が束縛の形を取ることはなく、愛情が友情を完全に覆ってしまうことはなく。それでも確かに変わった部分がある。懐古さえ伴わず、良い悪いの価値観の外で気が付いたら変わっていた、そんな部分が。
 しばし考え込んだ紅蓮は、やがてふっと落ちてきた言葉に「ああ」と一人呟く。
「……許されることが増えた、か」
 だが、独り言として言ってしまった後で、紅蓮はいましがたの台詞を胸中に留めなかったことを大きく後悔した。斜め前方の空、昴のあたりを眺めていたはずの彼女の視線が隣から突き刺さる。頬をかすかに引き攣らせながら応えると、案の定、おそらくは紅蓮のそんな反応まで想定した、勾陣の興味深そうな(獲物を見つけたいたずらな猫のよう、とも言える)、彼にとっては経験上不穏の塊である微笑が目に入った。
「たとえば?」
 ここで「なんだ?」と発言を繰り返させるつもりであったのならまだ紅蓮にも何でもないで押し通す逃げ道があったのに、それも分かっていて具体例の提示を求めてくるあたり可愛げがない。相手の逃げ道を無意識に封じようとする、とでも言えば闘将の性分のように思えてくるが何のことはないただの性格だ。
 無言の時間をものともせず、むしろ赤い唇がにっと上がる。まったくもって逃がす気も見逃す気もないようで、夜の湖畔を映しとった双眸は紅蓮を捉え続けている。
 『たとえば』の内容は確かに紅蓮の中にいくつかあり、しかも我ながらご丁寧に既に言語化されてはいたが、それを実際に口に出すには紅蓮の性格上大いなる勇気が必要で、どうにものどが錆びついた。だってどう頑張っても甘くなる。甘い言葉をさらさらと口に出せる性格ならおそらくそもそも恒常的に彼女に面白がられる事態に陥ってはいない。
「騰蛇? どうした?」
 確信犯的な声音に、あぁもう、と紅蓮は半ば自棄になって、口を開く代わりに手を伸ばす。白い肌に触れ、肩を引き寄せ、言ってみろと続きかけた言葉を無理矢理食った。
 暴挙に女の肩が跳ね、不自然に硬直する。細い手が逃れようと力任せに紅蓮の両肩を押すが、彼が薄い下唇を柔く食むと、一度だけぴくりと小さく震えて、やがてゆっくりと彼女の体から力が抜けた。勾陣の頭を片手で支えて更に深く押し付ける。触れ合せたまま舌先でつつくと、それを合図に勾陣は軽く口を開き、侵入してきた舌に自ら絡ませた。添えられただけだったはずの手は、いつしか両方の腕が男の首に回っている。
 たとえば、紅蓮は強引な口づけがこれほど簡単に許されるなど思ってはいなかった。彼女の矜持に障りかねない行動だと考えていたし、合意を得ない力づくの行為は言ってしまえば暴力になりかねない。それがこうして許されて、むしろ彼女から求められる。堪えようとして耐え切れず時折漏れる吐息によく似た声はひどく甘い。引き寄せた肩は紅蓮からすれば十二分に華奢で、常に凛然と伸ばされすべてを預けるに足る背は思いのほか線が細く、けれどそれは不思議な愛しさを湧き上がらせるだけで、決して背を預ける不安を意味しない。
 変わってはいないのだろう。ただ許されることが増えて、知らなかった面を知って、それまで積み重ねた色々を損なうことなくまた新たに積み重ねた、それだけの話だ。預け合う背は変わらずに、けれど重ねる唇を許された。涼やかな声は変わらずに、けれど甘い喘ぎを耳にすることを許された。対等な視線は変わらずに、けれど熱に揺れる黒を覗くことを許された。それだけの話が愛おしく誇らしい。
 わざと小さな音を立てて離れると、紅蓮は勾陣を窺うように顎を引いた。力技に出たはいいが後続の表情が定まらず、迷った挙句その迷いを隠しきれない笑みを浮かべる。我ながらいまいち決まらない。
「……たとえば、こういう」
 だが、格好のからかいの種であるその表情を勾陣は指摘せず、むしろふいと視線を逸らした。彼女もまたどこか浮かべるべき表情に迷った顔をして、けれど口角がじわじわと弧を描く。「たわけ」と短い文句が飛んだ。白く夜闇に映えていた頬に色が散っていた。

拍手[6回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
碧波 琉(あおば りゅう)
少年陰陽師・紅勾を中心に絶えず何かしら萌えor燃えている学生。
楽観主義者。突っ込み役。言葉選ばなさに定評がある。
ひとつに熱中すると他の事が目に入らない手につかない。

今萌えてるもの
・紅勾、青后、勾+后(@少年陰陽師)

主な生息地↓
twitter
最新CM
[12/26 匿名さん]
[06/30 慎]
[09/22 朝比奈]
ブクログ