Be praying. Be praying. Be praying.
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若菜から天后へ。
はじめて若菜書いて相手が天后かよ! とは我ながら思う。
はじめて若菜書いて相手が天后かよ! とは我ながら思う。
暗い川面の向こう側では幼子がゆらゆらと眠たそうに揺れる白百合に手を伸ばしていました。吉昌の手は花びらではなく茎を掴み、あなたは慌てた様子でその子の手を掴んでそっと離させました。動くものが気になってしかたがないのでしょう、膝を付いて目線を合わせ、難しい顔であなたに叱られても吉昌は分かっているのかいないのかいたく不満そうで。そのうちに簀から駆けてきた吉平が兄であることを誇示したくてたまらない様子で吉昌をからかい半分に叱るのですが、あなたならともかく兄には言われたくなかったのでしょう、男兄弟特有のものなのか分かりませんが、はじまってしまった幼い兄弟げんかに、あなたは困り呆れた様子で大きく息を吐きました。ひどく身勝手な感想ですが、何もなければそこにいるのは私であったと思うと、本当に申し訳なくすら思うのですが、少しだけ、うらめしくさえ感じます。
この川面でこうやって眺める分には、あなたたちは以前より恐ろしくありませんでした。神気が届かないからでしょうか。恐ろしくなくなったあなたたちはただただ綺麗な存在でした。こんなに綺麗な方々が傍にいたのに、晴明様が私のことを美しいと仰ってくださったのは、まったく嘘ではないと知りながらも、ほんのりと疑わしいことです。人によく似て、人では有り得ない容姿も、手が届かないところから眺める分にはやはりとてもきれいで。もしこの場所に光があって、この川面を照らしてくれたなら、水面はあなたの髪のようにきらきらとさざめいてくれるのかしら。
あなたがたが白百合を庭に持ち帰ってくださったときのことを、まだはっきりと覚えています。まずとても強い香がしました。何かしら、と覗いた庭の一角は、優しさに色づいた新雪のように白くて。太陽の加護をそっと集めて抱きしめてからいたずらについ投げかけてくるその花の美しさに、私は目を見開いたのでした。ふと気付けば甘やかな白は庭のいたるところで輝いていて、あまりに感動して、百合が私の言葉を食べてしまったように、私は何も言うことができませんでした。晴明様は自慢げなお顔をしていらっしゃいましたが、晴明様のしてくださったことでないことは最初から分かっていました。晴明様は、草花にとても疎くていらっしゃったので。大陸の文字をすらすらと読んで、西域の言葉を操ることができるのに、花の名をどれほどご存じでいらっしゃったのでしょうか。あのとき、山百合の季節だと分かっていたかどうかと言うのは、さすがに失礼がすぎるかもしれませんけれど。
私があなたとまともにお会いしたのは、そのとき一度限りでした。あなたと、勾陣殿の神気は、信じがたいほど恐ろしかった。あなたの神気はある日突然人間をひと呑みにしてしまう急流によく似ていて、勾陣殿の神気は不動の大地が私たちの命を許さないと言うように揺れる地震によく似ていました。こんなことを言ったらあなたたちは気を悪くするでしょうか、それとも人間の妄言と笑うのでしょうか。私は晴明様の背から出ることができませんでした。晴明様だけがあなたたちから私を護ってくれる唯一でした。あなたたちが私に何もしないことを分かっていながら、どうしても、晴明様の袂を放すことはできませんでした。
ありがとうと言った声が震えていたことを、もちろんあなたたちは知っていたのでしょう。私が目に涙を浮かべていたことも、足がすくんでいたことも。あからさまに怯えられながら、あなたたちは笑ってくれました。山百合に負けないほど柔らかく。そのときはじめて、助けてと泣き叫んでいた私の心臓は、あなたたちがただ恐ろしいだけの存在ではなかったのだと、気づいたような気がします。
いまふと思ったことがあるのです。あなたたちの声をまともに聞いたのも、そう言えばそのとき限りのことであったかもしれないこと。
もしも、もしも、あなたのことが恐ろしくなかったら、私はあなたとたくさんの話をしたでしょう。花のことを、晴明様のことを、私たちのことを、話したでしょう。吉平のことを吉昌のことを、孫ができたらその子たちのことを、たくさん、話したでしょう。ここで晴明様を、晴明様の周りにいてくださるあなたたちを見ていて、ふと、そんなことを考えるようになりました。あなたは恐ろしかった。恐ろしかった、だけど、儚くなってしまってから分かったのです。あなたは優しかった。あなたを避ける私に花を届けてくれるほど、やさしかった。
私と晴明様の因縁はきっと来世も続くのでしょう。晴明様とあなたたちの因縁も途切れることはないのでしょう。ですからきっとまた、私はあなたたちとお会いするのでしょう。そのときは、もう少し、恐ろしくなければいい。晴明様や、吉平や、吉昌のように、いいえそこまででなくとも、もう少しだけ、あなたたちが平気になればいい。そうすればあなたと話すことができる。神様とお友達になれるかもしれないなんて不敬でしょうか。ですが私はあなたがたのことを友と笑う晴明様のことが羨ましくもあったのでした。
ねぇ、天后殿。
この川面でこうやって眺める分には、あなたたちは以前より恐ろしくありませんでした。神気が届かないからでしょうか。恐ろしくなくなったあなたたちはただただ綺麗な存在でした。こんなに綺麗な方々が傍にいたのに、晴明様が私のことを美しいと仰ってくださったのは、まったく嘘ではないと知りながらも、ほんのりと疑わしいことです。人によく似て、人では有り得ない容姿も、手が届かないところから眺める分にはやはりとてもきれいで。もしこの場所に光があって、この川面を照らしてくれたなら、水面はあなたの髪のようにきらきらとさざめいてくれるのかしら。
あなたがたが白百合を庭に持ち帰ってくださったときのことを、まだはっきりと覚えています。まずとても強い香がしました。何かしら、と覗いた庭の一角は、優しさに色づいた新雪のように白くて。太陽の加護をそっと集めて抱きしめてからいたずらについ投げかけてくるその花の美しさに、私は目を見開いたのでした。ふと気付けば甘やかな白は庭のいたるところで輝いていて、あまりに感動して、百合が私の言葉を食べてしまったように、私は何も言うことができませんでした。晴明様は自慢げなお顔をしていらっしゃいましたが、晴明様のしてくださったことでないことは最初から分かっていました。晴明様は、草花にとても疎くていらっしゃったので。大陸の文字をすらすらと読んで、西域の言葉を操ることができるのに、花の名をどれほどご存じでいらっしゃったのでしょうか。あのとき、山百合の季節だと分かっていたかどうかと言うのは、さすがに失礼がすぎるかもしれませんけれど。
私があなたとまともにお会いしたのは、そのとき一度限りでした。あなたと、勾陣殿の神気は、信じがたいほど恐ろしかった。あなたの神気はある日突然人間をひと呑みにしてしまう急流によく似ていて、勾陣殿の神気は不動の大地が私たちの命を許さないと言うように揺れる地震によく似ていました。こんなことを言ったらあなたたちは気を悪くするでしょうか、それとも人間の妄言と笑うのでしょうか。私は晴明様の背から出ることができませんでした。晴明様だけがあなたたちから私を護ってくれる唯一でした。あなたたちが私に何もしないことを分かっていながら、どうしても、晴明様の袂を放すことはできませんでした。
ありがとうと言った声が震えていたことを、もちろんあなたたちは知っていたのでしょう。私が目に涙を浮かべていたことも、足がすくんでいたことも。あからさまに怯えられながら、あなたたちは笑ってくれました。山百合に負けないほど柔らかく。そのときはじめて、助けてと泣き叫んでいた私の心臓は、あなたたちがただ恐ろしいだけの存在ではなかったのだと、気づいたような気がします。
いまふと思ったことがあるのです。あなたたちの声をまともに聞いたのも、そう言えばそのとき限りのことであったかもしれないこと。
もしも、もしも、あなたのことが恐ろしくなかったら、私はあなたとたくさんの話をしたでしょう。花のことを、晴明様のことを、私たちのことを、話したでしょう。吉平のことを吉昌のことを、孫ができたらその子たちのことを、たくさん、話したでしょう。ここで晴明様を、晴明様の周りにいてくださるあなたたちを見ていて、ふと、そんなことを考えるようになりました。あなたは恐ろしかった。恐ろしかった、だけど、儚くなってしまってから分かったのです。あなたは優しかった。あなたを避ける私に花を届けてくれるほど、やさしかった。
私と晴明様の因縁はきっと来世も続くのでしょう。晴明様とあなたたちの因縁も途切れることはないのでしょう。ですからきっとまた、私はあなたたちとお会いするのでしょう。そのときは、もう少し、恐ろしくなければいい。晴明様や、吉平や、吉昌のように、いいえそこまででなくとも、もう少しだけ、あなたたちが平気になればいい。そうすればあなたと話すことができる。神様とお友達になれるかもしれないなんて不敬でしょうか。ですが私はあなたがたのことを友と笑う晴明様のことが羨ましくもあったのでした。
ねぇ、天后殿。
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