Be praying. Be praying. Be praying.
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
こんなにも待っているんだよ
天狐凌壽の一件の際十二神将全員を襲った勾陣の死を報せる衝撃は、どうやら紅蓮にのみに、予期せぬ、そして勾陣にとっては幸運な、ひとつ特別な後遺症を残したようだった。
その事実に勾陣は比較的、と言うより紅蓮本人よりも早く気が付いた。気付かぬはずがない。その『後遺症』は勾陣がうっすらと望みながら諦めて思い描くたびに愚かだと自分を嘲った反実仮想そのものであったのだから。
それはたとえばうんざりするほど真剣な、彼女の身を案じるが故の説教となって現れた。信頼はすれど対等であれどそれまで勾陣に対する程よい無関心を保っていた紅蓮がはっきりと見せたある種の執着と呼んでもよいだろうその態度に、すぐに面倒くさい気持ちが勝ってしまったが、勾陣は初めひどく驚いた。紅蓮のそんな何かが自分に向かうわけはないと思っていたのだ。処理しあぐねた沈鬱な感情を読み取られたことはあれど、偶然と勾陣からの接近をもってしか彼女と接しなかった彼が、わざわざ体に障るから異界に戻れなどと、最初から勾陣が素直に聞きいれたことのない説教をするためにわざわざ彼女の傍らまで駆けつけるなど、それまでの紅蓮と自分を思えばありえないと言っていいことだったのである。その変化を見つけたのは勾陣だけであるようだった。晴明や昌浩は紅蓮から案じられることを当然の権利として享受しており彼らからすれば紅蓮の行動は自分たちにも向く極めて当然のものであって、他の同胞たちはその程度の変化に目ざとく気付くほど紅蓮に対して興味を抱いてはいなかった。
今までの紅蓮なら、そんなことはしなかった。都から離れた出雲の地にいる勾陣と、勾陣のみと話すためだけに毎日水鏡を繋ぐなんてまめな真似も、心配を突き抜けてしまった本気の叱咤を向けることも、当然のように彼女の傍らに陣取ることも、重要な局面を彼女に全て託すことも、勾陣が知っていたそれまでの紅蓮ならするはずのないことばかりだ。
そして、平和な時を持て余した際、勾陣にちらちらと視線を向けては不自然にそれを逸らすなんてことも。
「――どうした?」
さも今気づきましたと言わんばかりに白い物の怪を見やると、彼は慌てたように尻尾を振った。
「別になんでもない」
「そうか」
さらりと引き下がってやると、物の怪は安堵に二割の落胆を交えたような息を吐いた。
昌浩と共に菅生の郷に留まってからしばらく、彼の視線を受けることが増えた。有事の際には意識の片隅に追いやれていたはずの心情が暇を持て余すと同時に浮上して、その扱いに困っているらしい。もちろんこれは彼女の勝手な見解にすぎないが、間違いでも自惚れでもないはずだ。洞察力は自負している。
勾陣はそっと左の口角を上げた。
――いい気味だ。
浮かんでくるのがそんな言葉なあたり我ながら相当にいい性格をしている。
一方的な感情だった。友情ばかり返される愛情だった。想うだけで満足する以外に満ちる道などない心だった。だから、強がりでもなんでもなく、それで構わないと思っていた。実際に彼からの信頼で勾陣の感情は飢えずにいられた。
それが今、紅蓮の方が、彼女の感情に無邪気に気付かないままだった――いや、今も気付いてはいないのか――男が、信頼と友情を核に生じた『何か』を持て余している。勾陣が一方的に向け続けた心に酷似した『何か』を。それが向かう先は勾陣なのだ。それを思うだけでじんわりと胸が熱を帯びる。
彼の両腕は晴明と昌浩のものだ。その命もその忠誠も。
けれど、私のものだ。その感情でもって私を追う黄金と夕暮れの視線だけは私のものだ。
悩めばいい、きっと初めてだろう感情を処理しきれずに持て余して扱いあぐねて気づかないふりの私に落胆して、諦めさせてはやらない、満足させてもやらない、そしてどうしようもなくなって私を求めてくればいい。
だから待つくらいいいだろう。お前よりずっと早くからお前のことを想っていたのだから、言葉くらい先にくれたっていいだろう。
そうしたらいくらでもお前のものになってやる。
気のせいのような息吐く音がした。傍らから感じる視線は少し居心地が悪くそれ以上に心地いい。それだけで報われぬ一方通行の日々が今更満たされる。それにしてもわかりやすすぎる、彼はこんなに分かりやすいのに誰も自分たちのこの上なく強固でありながら奇妙に揺らめく関係の変化に気付かないのが少し不思議で可笑しかった。
心地のよい風が吹いたのをこれ幸いと瞼を閉じて薄く微笑んだ。
ほら。
知らないふりを貫いて、不器用な男に届かせる気のない言葉で語りかける。
ほら、早く私を奪いに来い。
天狐凌壽の一件の際十二神将全員を襲った勾陣の死を報せる衝撃は、どうやら紅蓮にのみに、予期せぬ、そして勾陣にとっては幸運な、ひとつ特別な後遺症を残したようだった。
その事実に勾陣は比較的、と言うより紅蓮本人よりも早く気が付いた。気付かぬはずがない。その『後遺症』は勾陣がうっすらと望みながら諦めて思い描くたびに愚かだと自分を嘲った反実仮想そのものであったのだから。
それはたとえばうんざりするほど真剣な、彼女の身を案じるが故の説教となって現れた。信頼はすれど対等であれどそれまで勾陣に対する程よい無関心を保っていた紅蓮がはっきりと見せたある種の執着と呼んでもよいだろうその態度に、すぐに面倒くさい気持ちが勝ってしまったが、勾陣は初めひどく驚いた。紅蓮のそんな何かが自分に向かうわけはないと思っていたのだ。処理しあぐねた沈鬱な感情を読み取られたことはあれど、偶然と勾陣からの接近をもってしか彼女と接しなかった彼が、わざわざ体に障るから異界に戻れなどと、最初から勾陣が素直に聞きいれたことのない説教をするためにわざわざ彼女の傍らまで駆けつけるなど、それまでの紅蓮と自分を思えばありえないと言っていいことだったのである。その変化を見つけたのは勾陣だけであるようだった。晴明や昌浩は紅蓮から案じられることを当然の権利として享受しており彼らからすれば紅蓮の行動は自分たちにも向く極めて当然のものであって、他の同胞たちはその程度の変化に目ざとく気付くほど紅蓮に対して興味を抱いてはいなかった。
今までの紅蓮なら、そんなことはしなかった。都から離れた出雲の地にいる勾陣と、勾陣のみと話すためだけに毎日水鏡を繋ぐなんてまめな真似も、心配を突き抜けてしまった本気の叱咤を向けることも、当然のように彼女の傍らに陣取ることも、重要な局面を彼女に全て託すことも、勾陣が知っていたそれまでの紅蓮ならするはずのないことばかりだ。
そして、平和な時を持て余した際、勾陣にちらちらと視線を向けては不自然にそれを逸らすなんてことも。
「――どうした?」
さも今気づきましたと言わんばかりに白い物の怪を見やると、彼は慌てたように尻尾を振った。
「別になんでもない」
「そうか」
さらりと引き下がってやると、物の怪は安堵に二割の落胆を交えたような息を吐いた。
昌浩と共に菅生の郷に留まってからしばらく、彼の視線を受けることが増えた。有事の際には意識の片隅に追いやれていたはずの心情が暇を持て余すと同時に浮上して、その扱いに困っているらしい。もちろんこれは彼女の勝手な見解にすぎないが、間違いでも自惚れでもないはずだ。洞察力は自負している。
勾陣はそっと左の口角を上げた。
――いい気味だ。
浮かんでくるのがそんな言葉なあたり我ながら相当にいい性格をしている。
一方的な感情だった。友情ばかり返される愛情だった。想うだけで満足する以外に満ちる道などない心だった。だから、強がりでもなんでもなく、それで構わないと思っていた。実際に彼からの信頼で勾陣の感情は飢えずにいられた。
それが今、紅蓮の方が、彼女の感情に無邪気に気付かないままだった――いや、今も気付いてはいないのか――男が、信頼と友情を核に生じた『何か』を持て余している。勾陣が一方的に向け続けた心に酷似した『何か』を。それが向かう先は勾陣なのだ。それを思うだけでじんわりと胸が熱を帯びる。
彼の両腕は晴明と昌浩のものだ。その命もその忠誠も。
けれど、私のものだ。その感情でもって私を追う黄金と夕暮れの視線だけは私のものだ。
悩めばいい、きっと初めてだろう感情を処理しきれずに持て余して扱いあぐねて気づかないふりの私に落胆して、諦めさせてはやらない、満足させてもやらない、そしてどうしようもなくなって私を求めてくればいい。
だから待つくらいいいだろう。お前よりずっと早くからお前のことを想っていたのだから、言葉くらい先にくれたっていいだろう。
そうしたらいくらでもお前のものになってやる。
気のせいのような息吐く音がした。傍らから感じる視線は少し居心地が悪くそれ以上に心地いい。それだけで報われぬ一方通行の日々が今更満たされる。それにしてもわかりやすすぎる、彼はこんなに分かりやすいのに誰も自分たちのこの上なく強固でありながら奇妙に揺らめく関係の変化に気付かないのが少し不思議で可笑しかった。
心地のよい風が吹いたのをこれ幸いと瞼を閉じて薄く微笑んだ。
ほら。
知らないふりを貫いて、不器用な男に届かせる気のない言葉で語りかける。
ほら、早く私を奪いに来い。
PR
この記事にコメントする