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Be praying. Be praying. Be praying.
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夏が終わり秋の涼しさが肌に馴染んだ頃である。そろそろ虫も鳴き始める時分に、掃除中紅蓮はたまたまそれを見つけた。
 線香花火。
 夏に子供組がやっていた花火の残りらしい。一袋きりのそれは昌浩曰く「あー、なんか残っちゃったんだっけそれ?」と記憶からも忘れられかけた代物だったらしく、「捨てちゃっていいよ、それだけ残ってても仕方ないし」と昌浩は続けた。だって一人でそれだけやるのもあれだし、という言い分である。
 来年まで取っておいたところで湿気るだけだし、来年は来年でどうせ花火をまた買うのだ。しかし封も開けられていないそれをそのままゴミ箱に押し込むのも少し勿体なくて、まあ一応玄武と太陰にも聞いてから捨てるか、と思ったところで、紅蓮は尋ねる相手を変えた。彼女はちょうど縁側で涼んでいて、紅蓮がそれを見せると「暇だったし、付き合ってやる」と笑った。

 紅蓮が適当な小ささの容器に水を汲んできて、勾陣が仏間から一本蝋燭を失敬して、ささやかな花火はスタートした。と言っても本数そのものが少ないので二十分もせずに終わりそうだったが。余談だがこういう時紅蓮は火付け係として重宝される。
 大した音も熱も伴わず、小さな火の玉から細い光が身近な線を描いて弾けるだけのそれ。これ以外の花火は打ち上げであれ手持ちであれ、一瞬の儚さを忘れさせるほど華々しく光るのに、線香花火だけは咲き方からして力ない。
「湿気ていなくてよかった」
「誘っておいてそれだったらしばらく笑ってやるところだったな……っと」
 彼女の言葉が終わったのとほぼ同時に、白い指先が摘まんでいた花火の先からすっと火が消える。それから三秒ほどして紅蓮が持っていたものの火が光ったまま落ちた。地面に触れた弱弱しい光はそのまま音もなく見えなくなる。
「嫌味なほどに儚いな」
「まったくだ」
 彼ら神からすればともすれば花火と同程度に儚い人間よりも、しかしこれはあまりに静かすぎず何も生まない分頼りない。
 その儚さをしかししっかりと楽しんでいるうちに、袋の中身はいつの間にか随分減っていた。
「これで最後だ」
「もうか? そんなに少なかったのか」
 勾陣に一本渡しながら紅蓮は答える。
「まあもともと少なかったからな。それに結構経ってるだろ、たぶん」
 遠慮も気遣いも(ともすればその努力も)ない分紅蓮と勾陣の平時の会話は比較的多方面にアクロバットして、その分体感時間が少ないのが常だ。
 勾陣はさして残念そうでもなさそうに「そんなものか」と言った後、ふっと蝋燭の火に最後の線香花火を近づけかけていた紅蓮を制した。
「待て、騰蛇。このまま終わるのも面白くないから、競争しよう」
「ああ、いいな」
 ルールを確認するまでもない。先に火種を落とした方の負けだ。
「妨害はなしだぞ」
 釘を刺した紅蓮に勾陣は眉を寄せる。
「私をなんだと思っているんだ」
「ほら、始めるぞ」
 不服そうな物言いを無視する。勾陣は紅蓮相手だと手段を選ばないがそれを指摘するメリットはなかった。
 公平のため同時に火をつける。スムーズに咲いた火の花は、弾けた線の描かれ方が本当の花によく似ている。風を震わせて夜空に咲き誇る大輪ではなく、どこかひっそりとした崖下あたりで揺られていそうな。しかしこの花は強い風が葺いたらあっというまに終わるだろう。
 三十秒ほど経過した。互いにまだ落ちる気配はない(もっとも、終わってしまう寸前までそういう気配を見せないのが花火と言うものだが)。
 左隣で中腰だった彼女が、唐突に、ゆっくりとゆったりと、腰を上げた。
「勾?」
 動けばその分だけ火種は落ちやすくなる。彼女が左手に摘まんでいる線香花火はまだ火を散らしていたが、勾陣の意図が分からない。妨害はルール違反だとちゃんと決めたのでその心配はしていなかったが、何なんだと紅蓮は、こちらもゆっくり火種を落としてしまわないように、息を吐いた。確認するが紅蓮の方もまだ光っている。
 その確認のために紅蓮が目線を線香花火へ向けた瞬間、こめかみに柔らかな感触が降った。単に柔らかいだけでなくて温かい。
 紅蓮はその感触をよく知っていた。
「――勾!?」
 一瞬の硬直、そして理解、すなわち驚愕。思わず声を張り上げてばっと彼女を見上げる。その拍子に紅蓮の線香花火が重力に負けた。椿が落ちるように光の玉は地へ吸い込まれる。勾陣はおかしそうにそれを指差して、「私の勝ちだな」と勝ち誇るように微笑んだ。
 勾陣のものが消えたのはそれから五秒後だ。
「……あのな、勾、妨害は禁止だと」
 文句を言いかけた紅蓮に、勾陣は「心外だな」と肩をすくめて数度瞬く。
「急に口付けたくなった。それだけだが?」
 勾陣は再び膝を曲げた。彼女の目線が急に下がる。普段並ぶときよりは近く、しかし紅蓮より低く。微笑んでいる唇が夜闇にしかしやたらと妖艶だった。夜より深い黒の双眸が湛える熱も。十中八九狙ってのそれに、しかし紅蓮は気圧される。
「それとも、お前は私からの口づけが嫌だったのか?」
 紅蓮は三秒黙ったのち、両手を軽く掲げた。隠していた意図はあったにしろそう言われると紅蓮には否定のしようがないし(否定できないし、したくもない)、紅蓮はキスが禁止だとは言わなかった。それでも面白くないのは面白くなかったので、ならばこれくらいはと彼は口を開く。
「じゃあ、ほんとうにそうだったと証明してみろ」
 勾陣はさして困った様子もなく、立ち上がりざまに紅蓮の額に唇を押し付けた。彼は微笑む。これでルール違反すれすれの行為はチャラでいい。
 線香花火を水につけ、蝋燭の火を消しながら勾陣は言った。
「騰蛇」
「ん?」
「アイスが食べたい」
 軽く半眼になりつつ腰を上げる。
「そういうことだとは聞いてないぞ。それにもう涼しいのに」
「いいだろう、食べたくなったんだ」
 ひとつ肩をすくめて、紅蓮は「分かった」と髪を掻き揚げた。彼女の言い分をひっくり返せるカードなんて基本的に紅蓮は持っていないのだ。
 片づけを終わらせてから二人で近くのコンビニまで歩いた。紅蓮が先にハーゲンダッツ以外だからなと釘をさすと勾陣は面白くなさそうにせこいぞと言った。どっちがだよと返しながら、紅蓮は自分の分を適当に手に取った。

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碧波 琉(あおば りゅう)
少年陰陽師・紅勾を中心に絶えず何かしら萌えor燃えている学生。
楽観主義者。突っ込み役。言葉選ばなさに定評がある。
ひとつに熱中すると他の事が目に入らない手につかない。

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