Be praying. Be praying. Be praying.
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
だから留めておこうとして、
そのために壊れる覚悟などあるはずもない。
ゲーム(無限航路)に疲れたので前ツイッターでちょっと呟いたものをかるく書いてみた。現パロというか大学生人間パロで紅勾っつーより紅→勾?ぁいや名前設定的に紅慧か(どうでもいい)
ほんとどうでもいいことなんですが無限航路がなかなか終わらなくってあと二本積んでるのに来週発売のモンハンを買う予定です。誰か私に時間を寄越せ…!
あ、無限航路すごい面白いですよ!DS持ってる人いたらおすすめ!最近ツイッターで戦艦欲しいとか空母欲しいとかちょっと物騒なこと呟いてます(笑)
そのために壊れる覚悟などあるはずもない。
ゲーム(無限航路)に疲れたので前ツイッターでちょっと呟いたものをかるく書いてみた。現パロというか大学生人間パロで紅勾っつーより紅→勾?ぁいや名前設定的に紅慧か(どうでもいい)
ほんとどうでもいいことなんですが無限航路がなかなか終わらなくってあと二本積んでるのに来週発売のモンハンを買う予定です。誰か私に時間を寄越せ…!
あ、無限航路すごい面白いですよ!DS持ってる人いたらおすすめ!最近ツイッターで戦艦欲しいとか空母欲しいとかちょっと物騒なこと呟いてます(笑)
昼休みには学生・院生・講師・他なぜか高校生や一般人でひしめき合う食堂も、授業が始まってしまえばそれなりの人口密度でのんびりと落ち着いている。遅めの昼食を取る者、携帯やらゲームをいじっている者、友人と話している者、自習している者と様々いる中で、紅蓮は今朝起きるまですっかり忘れ去っていた次の四限に提出の課題をがりがりとこなしていた。しかしそこまで集中しているわけではなく、プリントを埋めていきながらも頭の中は講義が終わった後行く買い物のリストアップやら明日の小テストの懸念やらがぐるぐるしている。所詮埋めて提出すればAがもらえるプリントだ。
表裏両面印刷の二枚目裏面が終わったところで、紅蓮はシャーペンを置いて顔を上げた。右手を握ったり閉じたりを繰り返す。と、食堂に入ってきた女が目に入る。無意識に頬が緩んだ紅蓮が手を軽く上げると、気づいた彼女も同じ仕草をした。そのまま慧斗はまっすぐ歩み寄ってくると紅蓮の向かいの席に座った。
「課題か?」
「ああ、次の時間までの」
「どうせ今日思い出した口だろう」
「…よく分かったな」
図星を刺されて苦く笑う紅蓮に、慧斗は当然とばかりに涼しい顔だ。
「お前の性格から考えると簡単に分かる」
「言ってくれる」
「長い付き合いだからな。もう何年だ?」
紅蓮と慧斗は、いわゆる幼馴染という関係である。しかし紅蓮としては、別に示し合わせたわけでもないのに高校、果ては大学まで同じになったことからどちらかと言うと腐れ縁の印象の方が強い。クラスが同じだったことも多々あるし、暇を持て余しているときにはふたりで延々と話をしたりどこかに遊びに行ったりすることも珍しくない。だからといって甘酸っぱい関係どころかその兆候が起こったためしは皆無だ。幼馴染が恋に落ちて~などという定番のドラマを見てはふたりで「ないない」と首を振る状態である。
再びプリントに向かいながら問う。
「勾は今日四・五限だけだったよな? なんでいるんだ?」
「サテライトにレポートを印刷しに来たんだよ。たまに混んでるから余裕をもって来たただけだ」
「あー、それで今度は時間が余ったと」
「お前がいてよかった、暇つぶしの道具を何も持ってきていないから」
「……俺、課題中」
顔を上げると、まったく悪びれていない黒の双眸と視線がかち合った。長年の経験上これ以上の抗議は無駄と判断し、紅蓮は適当な笑みで降伏を伝える。その一瞬後に、俺何も悪くないのに理不尽だと、彼の中で使い古された感想が浮かび上がった。使い古している理由は唯一目の前の慧斗である。
「何か飲み物買ってくるよ。お前は?」
「じゃあ、炭酸頼む」
「ん」
近くの自動販売機に向かう細い背中を見て、姿勢がいいなと紅蓮はそんなことを思った。凛と伸びた背筋に、歩みに合わせて揺れる肩口までの黒髪が彼女の周りに透明な空気を織りなしているようだ。背は高いが細身なので(紅蓮の背が平均より高いこともあるが)不思議と華奢な印象がある。しかしすらりとしていながらもショートパンツから伸びる腿や脹脛には柔らかそうな肉感を保っており、好みもあるだろうから一概には言えないが男の理想がかたちになった感じだろう。少なくとも紅蓮の好みにはド直球だ。そんなことを言った日には面白がってからかわれるか冷ややかな目線と声音を受けることになるのは目に見えているので口に出したことはない。
何気なくそのまま慧斗を目で追ってみる。慧斗より先に自販機を使っていた男子学生が、振り返るなり驚いた様子で若干身を逸らした。二言三言ふたりは言葉を交わしているが、どうにも学生の様子はぎこちない。対して慧斗の方は紅蓮が見る限りきわめていつも通りである。
「彼と何かあったのか?」
カップを受け取り110円を渡しながら尋ねる。慧斗は硬貨を財布に入れながらこともなげに答えた。
「この間振ったからかな。向こうとしては色々気まずいんだろう」
「向こうとしては、って、お前は?」
まるで慧斗自身は気まずくないかのような物言いだが、実際そうであるらしい。カップのコーヒーを一口飲んで、慧斗はつまらなそうに頬杖をついた。
「それはまあ、応えられなくて申し訳ないと少しは思うが…。こう言っては悪いが、いちいち気にしてたらこっちがもたん」
「…………そんなになのか?」
悟った紅蓮の呟きに、慧斗は一転していつものように不敵に笑う。ともすれば好戦的とも取れるその表情は、子どものときから変わらない。
「人生で三回のうちの一回が来ているらしいぞ」
まるっきり他人事である。しかしそれも慧斗らしい。紅蓮の知る勾坂慧斗という女は、男から言い寄られたところで心躍らせるような可愛げなどかけらも持ち合わせていないのだ。たまに、こいつは確実に生まれる性別を間違えたなと思うことがある。
「だが、せっかくの機会なんだから生かしてみてもいいんじゃないか。祝ってやるぞ」
シャーペンを走らせながら何の気なしに言う―、と、ふと、正面の空気が変わったような気がした。色で言うなら、自然体の透明から孤独な青へ――だがそれも一瞬のことで、気のせいか否かを確かめるために顔を上げたときには、慧斗は先ほどまでとまったく同じように涼しい顔で紅蓮のプリントを眺めている。
顔を上げた紅蓮が発言を促していると取ったのか、慧斗はわざとらしく肩をすくめて言った。「いいよ、今のところはそういうことに興味はないし」そしてふと思い立ったように続ける。「そういうお前はどうなんだ」
「俺?」
「そこそこに評判いいぞ。まあ、現実と乖離したイメージを持たれているだけだが。現物をよく知る側としてはギャグみたいで楽しいがな」
「取り敢えず俺を一度は落とすのやめないか」
「あることないこと言わないだけましと思ってほしいものだが」
「ないことはやめろ」
昔から慧斗は紅蓮に対して無駄に容赦がない。しかも紅蓮が不快に思わない程度を心得ているらしいのが腹立たしい事この上ないが、相手の感情を読み取り正確かつ適切な距離感を計ることは慧斗の得意分野だ。腐れ縁の始まりからしてそれがいかんなく発揮されていた。
紅蓮の容姿はどこから見ても日本人――どころか黄色人種に見えない。肌は褐色、髪色は深い紅で、瞳の色素も薄い。大学内で留学生に間違われることなど日常茶飯事だ。施設育ちの紅蓮には自分が何人の血を引いているのかすら分かっていない。――それだけの条件が揃えば、幼い時分に、無邪気に、悪気なく、人の輪から外れるのは当然のことだった。ただ、幸いと言うべきか、当時の紅蓮はそれをどうとも思わなかった。自分が「違う」ことは鏡を見れば瞭然としていて、理不尽や寂寥を感じはしたものの、遠巻きにされた理由が主に畏怖であったことからいじめなどの問題には発展しなかったし、子どもながらに誰にも束縛されない自由は彼にとって都合のいいものでもあった。今思い返すと実に子どもらしくない子どもである。
そんな中近づいてきたのが慧斗で、恐れた様子もなければ図々しくもなかったのがひどく印象に残っている。なんだと尋ねればみんなが怖がっているからどんなのかと思ったと堂々言ってのける有り様だった。そして慧斗は興味が湧いたとまた軽く失礼なことを言いながらちょっかいをかけてくるようになったのだが、後日判明したことにはそれらの台詞はすべて計算によるものだったらしい。
お前なら変に誤魔化すよりそのまま言った方がいいと思った。
当たっていたな、と勝ち誇るようにくすくす笑う慧斗に、そのころには完全に心を開いていた紅蓮は、あーはいはいと脱力しながら苦みを含んだ微笑で応えたのだった。
慧斗が紅蓮に接するようになってから、周囲も紅蓮を「意外に普通の奴」と認識したらしく、いつの間にかそれなりの人間関係は構築されていた。紅蓮自身のスタンスが来る者拒まず去る者追わずだったのもあるだろう、往々にして誤解されるが紅蓮は別に他者が嫌いというわけではない。それでも慧斗との関わりが薄くなることはなく、むしろ慧斗はずっと紅蓮の世界のいちばん目立つ場所で笑っている。寄り添うわけでも離れているわけでもない、ただどちらかが望み手を伸ばせば楽に届く、そんな距離で。
目の前の慧斗は椅子に深くもたれて首を傾げてみせた。
「それはあることなら言っていいということか?」
紅蓮の脳裏に、確信犯、という言葉が浮かぶ。誤用と知っているがそれ以上に適切な形容が見当たらない。
「……いや、やめてくれ」
「なんだ、自覚はあったのか」
「自覚と言うか、お前にかかれば1が100になる」
「ひどい言われようだな」
「自分の前科振り返ってみろよ……」
なんでこんな女が人気があるんだ、と紅蓮は本気で思う。そりゃあ、見た目は上の上だ。化粧で誤魔化しているわけではなく素顔でそのランクである。細々したことにも気が付くし、他者を慮る術にも長けている。頭の回転も速く察しもいい。可愛げはないがその分さっぱりしていて、誰にも寄りかからずまっすぐ背筋を伸ばしている様は掛け値なしに美しい。――そんな風に並べ立てていって、自分が彼女の女としての魅力を、色気の欠片もない普段の関わりの中から過小評価していたことに気づく。幼馴染とはそういうものだろう。あまりに当たり前のことだから、改めて少し距離を置いて眺めてはじめてはっと気づくものがある。
そうだ、当たり前のことなのだ。慧斗が好い女であるなんてことは。
それが「当たり前」でない誰かが彼女に焦がれるなんてそれこそ当然のことなのだろう。
ふ、と。
唐突に思い至ったことがある。
慧斗はずっと紅蓮の傍にいた。紅蓮の世界のいちばん目立つ場所にいて、それはきっとこれからも変わらない。彼女のいなくなった世界を紅蓮は経験したことがなく、また想像もできない。――だが、もし、もしも彼女が誰かの想いを受け入れたら。彼女のが誰かのものになってしまったら。その時はもう慧斗は紅蓮の傍にはいてくれなくなる。慧斗は賢いから、「恋人」が快く思わない真似も、「恋人」から愛想を尽かされるような真似もしないだろう。彼女が人間関係に失敗した図を紅蓮は見たことがない。そしてたとえば自分の彼女が他の男ととりわけ親しくしているなど、普通の男は――というより人間は――よく思わないことなど自明だ。だとしたらこうやって向かい合って軽口を叩くことも減るだろうし、ふたりで飲みに行ったり遊びに行ったりなど論外だろう。
仮にいま慧斗が誰かと結ばれないにしても、大学を卒業して、そのうちたぶん、互いに誰かと結婚したりして、そうなってしまえばいよいよ紅蓮の世界から彼女の凛然とした背も強気な笑みも何もかも失われるのだ。同様にして、おそらく慧斗の世界のどこかにはいるだろう紅蓮も。
(――……それ、は、)
衝撃と、信じがたいという思いが緻密に混ざり合って紅蓮に降り注いだ。未来視としては現実味を帯びて鮮明なのに、まるで神からこれからこの星から色彩というものが失われますと宣言されたかのような夢想感。あって当たり前のもので、なくなるなんて想像だにしなかったものなのに、それでもこのまま時が流れれば自然に消滅してしまう。妙な力が入ったのか、シャーペンの芯がぽきりと折れた。
(嫌だな、ならば)
だが、その未来を回避するのは簡単だ。――自分が慧斗の恋人になってしまえばいい。そうすれば傍にいるのは関係性の後押しを受けてそれこそ「当たり前」のことになるし、彼女がどこかへ行ってしまうこともない。我ながら悪くない思いつきであるし、解としても唯一の正解だろう。
善は急げだ。どう言おうか。――なあ、いっそ俺と付き合ってみるか。別に何が変わるでもないだろうしたぶん相性も悪くないだろう――その後で紅蓮がこの結論を下すに至った理由を告げれば納得はしてもらえるだろう。
顔を上げる。慧斗をまっすぐ見て、口を開く。
なあ、いっそ――
その、一瞬。
のどは震えなかった。
「ん、どうした。終わったのか?」
そう言って微笑む慧斗が、なんだかひどく美しく見えて――
「……あ、ああ」
「あと少しで三限が終わるな。よかったじゃないか、ちゃんと終わって」
きれいな黒髪を耳にかける仕草。細い指は白く、薄桃の爪が映えている。髪はさらりと光を弾き、同色の瞳の惹きこまれるほどの深さ、長い睫毛と口紅もしていないくせに唇は艶めくくれないの色。襟ぐりから除く鎖骨のラインは嫌味などなく健全に色っぽい。やや低めの声は心地よく通り、男のような口調はしっくりと馴染んでいる。その性格を紅蓮は誰よりも理解している自信あった。聡明で対人関係に細かく洞察力は人一倍優れており、だけれど時々アバウトで妙なところを気にせずに、人を観察して面白がるくせに自分が同じことをされるのは苦手で、気は強いが他者を不用意に傷つける真似はしない。常に客観的立場を保とうとしていて、誰かに依存することを良しとしない気質が高じて助けを求める方法を知らない。
好い女だと今更意識もしないほどに知っていた、だが、……こんなにも?
奇妙にのどが渇く。無意識に唾を飲み込むが収まらず、買ってもらったコーラでどうにか潤した。
言おうと思ったのだ。簡単だと思った。いつもの軽口と同じように言えるはずだった。だが、妙に早まる心臓が声帯の邪魔をして簡単なはずの言葉が出てこない。なあ、いっそ――たったそれだけではないか。そうしていなくなってしまわないようにすれば、それで終わった話ではないか。
だが、勢いを失った解は隠していた不安要素を滲ませ、それがさらに紅蓮の言葉をのどに張り付かせた。失念していたが、そもそも彼女が受け入れてくれる保証などないのだ。いつか彼女を失う友人という立場を維持できるのなら御の字で、下手をすればあの自動販売機前でぎこちなく慧斗と話していた男子学生と同じ立場に陥ってしまう。失わないために失うリスクを負うという矛盾。その矛盾は伴った恐怖を紅蓮に押し付けて彼の目の前に立ちはだかる。
怖い。失うことが怖い、それ以上に拒まれることが怖い。もはやエンターテイメントとして消費されているような恐怖が、しかしどうしようもない重みと実感を伴って紅蓮を雁字搦めにする。どこかで見たドラマの登場人物のような自分を、しかし笑う余裕はない。だが、恐怖が生じた理由だけは、感覚を置き去りにして導き出されていた。
それはまさに、紅蓮が望む関係性になるべく、慧斗に告げるには相応しい感情で――
(…まさか)
まさか、だって、長い付き合いの中で甘酸っぱい関係どころかその兆候すら起こったためしはなくて、幼馴染が恋に落ちてなんてドラマを見てはふたり揃って「ないない」と首を振るような状態がずっと続いていたのに。そんな、今更彼女を――ている、なんて。
「そうだ、なあ、紅蓮。レポートが終わった開放感でちょっと飲みたい気分なんだが、今日お前の家に行ってもいいか?」
このタイミングで何言ってくるんだお前は! と紅蓮の絶賛混乱中の内心など知るわけのない彼女をひそかに怒鳴りつけつつ、紅蓮は曖昧な声を出して首を振った。
「あ、いや……悪い、明日一限に小テストがあるんだ」
「なんだ」慧斗は心底残念そうに息を吐く。「タイミングが悪いな」
本当にな。声には出さずそう返して、紅蓮は努めて普段通りの笑みを張り付けた。
「天后と飲めばいいじゃないか」
「あの子はそんなに強くないからな…。まあ、いいか。また今度な」
張り付けた笑みは自然なものだろうか。受け答えに不自然な点はないだろうか。声はいつも通りだろうか。生まれて初めて肌の色に感謝する。多少顔に熱が散ったところで気づかれずに済む。
チャイムが鳴る。食堂内の学生がその音を合図に立ち上がり始める。例にもれず紅蓮と慧斗もだ。空になった紙コップを近くのゴミ箱に捨てる。
「勾はどこだったっけか、次」
「A棟。お前は?」
「D棟だ。逆方向だな」
安堵しながら答える。一刻も早く彼女と別れてしまいたかった。そうしなければ深い色の双眸にすべて見透かされてしまいそうだった。
「そうか、じゃあ、また。小テスト頑張れよ」
「ああ」
踵を返す慧斗の背を見送る。伸びた背筋は凛と、周囲の空気まで澄み渡らせるように。歩みは揺らぐことなどなくまっすぐで、それは慧斗という存在そのものを現しているように思えた。
彼女に焦がれるものが大勢いて、ほんとうに当たり前だ。紅蓮だってもう、いや、いつからか、そのうちのひとりだったのだ。
四限の教室に向かいながら、紅蓮は苦々しく息を吐いた。こんなことならもっと早くに、避けたい未来に気づく前に、……こんなに慧斗が重たくなる前に手にしておけばよかったと、それは矛盾した後ろ向きの後悔だった。
表裏両面印刷の二枚目裏面が終わったところで、紅蓮はシャーペンを置いて顔を上げた。右手を握ったり閉じたりを繰り返す。と、食堂に入ってきた女が目に入る。無意識に頬が緩んだ紅蓮が手を軽く上げると、気づいた彼女も同じ仕草をした。そのまま慧斗はまっすぐ歩み寄ってくると紅蓮の向かいの席に座った。
「課題か?」
「ああ、次の時間までの」
「どうせ今日思い出した口だろう」
「…よく分かったな」
図星を刺されて苦く笑う紅蓮に、慧斗は当然とばかりに涼しい顔だ。
「お前の性格から考えると簡単に分かる」
「言ってくれる」
「長い付き合いだからな。もう何年だ?」
紅蓮と慧斗は、いわゆる幼馴染という関係である。しかし紅蓮としては、別に示し合わせたわけでもないのに高校、果ては大学まで同じになったことからどちらかと言うと腐れ縁の印象の方が強い。クラスが同じだったことも多々あるし、暇を持て余しているときにはふたりで延々と話をしたりどこかに遊びに行ったりすることも珍しくない。だからといって甘酸っぱい関係どころかその兆候が起こったためしは皆無だ。幼馴染が恋に落ちて~などという定番のドラマを見てはふたりで「ないない」と首を振る状態である。
再びプリントに向かいながら問う。
「勾は今日四・五限だけだったよな? なんでいるんだ?」
「サテライトにレポートを印刷しに来たんだよ。たまに混んでるから余裕をもって来たただけだ」
「あー、それで今度は時間が余ったと」
「お前がいてよかった、暇つぶしの道具を何も持ってきていないから」
「……俺、課題中」
顔を上げると、まったく悪びれていない黒の双眸と視線がかち合った。長年の経験上これ以上の抗議は無駄と判断し、紅蓮は適当な笑みで降伏を伝える。その一瞬後に、俺何も悪くないのに理不尽だと、彼の中で使い古された感想が浮かび上がった。使い古している理由は唯一目の前の慧斗である。
「何か飲み物買ってくるよ。お前は?」
「じゃあ、炭酸頼む」
「ん」
近くの自動販売機に向かう細い背中を見て、姿勢がいいなと紅蓮はそんなことを思った。凛と伸びた背筋に、歩みに合わせて揺れる肩口までの黒髪が彼女の周りに透明な空気を織りなしているようだ。背は高いが細身なので(紅蓮の背が平均より高いこともあるが)不思議と華奢な印象がある。しかしすらりとしていながらもショートパンツから伸びる腿や脹脛には柔らかそうな肉感を保っており、好みもあるだろうから一概には言えないが男の理想がかたちになった感じだろう。少なくとも紅蓮の好みにはド直球だ。そんなことを言った日には面白がってからかわれるか冷ややかな目線と声音を受けることになるのは目に見えているので口に出したことはない。
何気なくそのまま慧斗を目で追ってみる。慧斗より先に自販機を使っていた男子学生が、振り返るなり驚いた様子で若干身を逸らした。二言三言ふたりは言葉を交わしているが、どうにも学生の様子はぎこちない。対して慧斗の方は紅蓮が見る限りきわめていつも通りである。
「彼と何かあったのか?」
カップを受け取り110円を渡しながら尋ねる。慧斗は硬貨を財布に入れながらこともなげに答えた。
「この間振ったからかな。向こうとしては色々気まずいんだろう」
「向こうとしては、って、お前は?」
まるで慧斗自身は気まずくないかのような物言いだが、実際そうであるらしい。カップのコーヒーを一口飲んで、慧斗はつまらなそうに頬杖をついた。
「それはまあ、応えられなくて申し訳ないと少しは思うが…。こう言っては悪いが、いちいち気にしてたらこっちがもたん」
「…………そんなになのか?」
悟った紅蓮の呟きに、慧斗は一転していつものように不敵に笑う。ともすれば好戦的とも取れるその表情は、子どものときから変わらない。
「人生で三回のうちの一回が来ているらしいぞ」
まるっきり他人事である。しかしそれも慧斗らしい。紅蓮の知る勾坂慧斗という女は、男から言い寄られたところで心躍らせるような可愛げなどかけらも持ち合わせていないのだ。たまに、こいつは確実に生まれる性別を間違えたなと思うことがある。
「だが、せっかくの機会なんだから生かしてみてもいいんじゃないか。祝ってやるぞ」
シャーペンを走らせながら何の気なしに言う―、と、ふと、正面の空気が変わったような気がした。色で言うなら、自然体の透明から孤独な青へ――だがそれも一瞬のことで、気のせいか否かを確かめるために顔を上げたときには、慧斗は先ほどまでとまったく同じように涼しい顔で紅蓮のプリントを眺めている。
顔を上げた紅蓮が発言を促していると取ったのか、慧斗はわざとらしく肩をすくめて言った。「いいよ、今のところはそういうことに興味はないし」そしてふと思い立ったように続ける。「そういうお前はどうなんだ」
「俺?」
「そこそこに評判いいぞ。まあ、現実と乖離したイメージを持たれているだけだが。現物をよく知る側としてはギャグみたいで楽しいがな」
「取り敢えず俺を一度は落とすのやめないか」
「あることないこと言わないだけましと思ってほしいものだが」
「ないことはやめろ」
昔から慧斗は紅蓮に対して無駄に容赦がない。しかも紅蓮が不快に思わない程度を心得ているらしいのが腹立たしい事この上ないが、相手の感情を読み取り正確かつ適切な距離感を計ることは慧斗の得意分野だ。腐れ縁の始まりからしてそれがいかんなく発揮されていた。
紅蓮の容姿はどこから見ても日本人――どころか黄色人種に見えない。肌は褐色、髪色は深い紅で、瞳の色素も薄い。大学内で留学生に間違われることなど日常茶飯事だ。施設育ちの紅蓮には自分が何人の血を引いているのかすら分かっていない。――それだけの条件が揃えば、幼い時分に、無邪気に、悪気なく、人の輪から外れるのは当然のことだった。ただ、幸いと言うべきか、当時の紅蓮はそれをどうとも思わなかった。自分が「違う」ことは鏡を見れば瞭然としていて、理不尽や寂寥を感じはしたものの、遠巻きにされた理由が主に畏怖であったことからいじめなどの問題には発展しなかったし、子どもながらに誰にも束縛されない自由は彼にとって都合のいいものでもあった。今思い返すと実に子どもらしくない子どもである。
そんな中近づいてきたのが慧斗で、恐れた様子もなければ図々しくもなかったのがひどく印象に残っている。なんだと尋ねればみんなが怖がっているからどんなのかと思ったと堂々言ってのける有り様だった。そして慧斗は興味が湧いたとまた軽く失礼なことを言いながらちょっかいをかけてくるようになったのだが、後日判明したことにはそれらの台詞はすべて計算によるものだったらしい。
お前なら変に誤魔化すよりそのまま言った方がいいと思った。
当たっていたな、と勝ち誇るようにくすくす笑う慧斗に、そのころには完全に心を開いていた紅蓮は、あーはいはいと脱力しながら苦みを含んだ微笑で応えたのだった。
慧斗が紅蓮に接するようになってから、周囲も紅蓮を「意外に普通の奴」と認識したらしく、いつの間にかそれなりの人間関係は構築されていた。紅蓮自身のスタンスが来る者拒まず去る者追わずだったのもあるだろう、往々にして誤解されるが紅蓮は別に他者が嫌いというわけではない。それでも慧斗との関わりが薄くなることはなく、むしろ慧斗はずっと紅蓮の世界のいちばん目立つ場所で笑っている。寄り添うわけでも離れているわけでもない、ただどちらかが望み手を伸ばせば楽に届く、そんな距離で。
目の前の慧斗は椅子に深くもたれて首を傾げてみせた。
「それはあることなら言っていいということか?」
紅蓮の脳裏に、確信犯、という言葉が浮かぶ。誤用と知っているがそれ以上に適切な形容が見当たらない。
「……いや、やめてくれ」
「なんだ、自覚はあったのか」
「自覚と言うか、お前にかかれば1が100になる」
「ひどい言われようだな」
「自分の前科振り返ってみろよ……」
なんでこんな女が人気があるんだ、と紅蓮は本気で思う。そりゃあ、見た目は上の上だ。化粧で誤魔化しているわけではなく素顔でそのランクである。細々したことにも気が付くし、他者を慮る術にも長けている。頭の回転も速く察しもいい。可愛げはないがその分さっぱりしていて、誰にも寄りかからずまっすぐ背筋を伸ばしている様は掛け値なしに美しい。――そんな風に並べ立てていって、自分が彼女の女としての魅力を、色気の欠片もない普段の関わりの中から過小評価していたことに気づく。幼馴染とはそういうものだろう。あまりに当たり前のことだから、改めて少し距離を置いて眺めてはじめてはっと気づくものがある。
そうだ、当たり前のことなのだ。慧斗が好い女であるなんてことは。
それが「当たり前」でない誰かが彼女に焦がれるなんてそれこそ当然のことなのだろう。
ふ、と。
唐突に思い至ったことがある。
慧斗はずっと紅蓮の傍にいた。紅蓮の世界のいちばん目立つ場所にいて、それはきっとこれからも変わらない。彼女のいなくなった世界を紅蓮は経験したことがなく、また想像もできない。――だが、もし、もしも彼女が誰かの想いを受け入れたら。彼女のが誰かのものになってしまったら。その時はもう慧斗は紅蓮の傍にはいてくれなくなる。慧斗は賢いから、「恋人」が快く思わない真似も、「恋人」から愛想を尽かされるような真似もしないだろう。彼女が人間関係に失敗した図を紅蓮は見たことがない。そしてたとえば自分の彼女が他の男ととりわけ親しくしているなど、普通の男は――というより人間は――よく思わないことなど自明だ。だとしたらこうやって向かい合って軽口を叩くことも減るだろうし、ふたりで飲みに行ったり遊びに行ったりなど論外だろう。
仮にいま慧斗が誰かと結ばれないにしても、大学を卒業して、そのうちたぶん、互いに誰かと結婚したりして、そうなってしまえばいよいよ紅蓮の世界から彼女の凛然とした背も強気な笑みも何もかも失われるのだ。同様にして、おそらく慧斗の世界のどこかにはいるだろう紅蓮も。
(――……それ、は、)
衝撃と、信じがたいという思いが緻密に混ざり合って紅蓮に降り注いだ。未来視としては現実味を帯びて鮮明なのに、まるで神からこれからこの星から色彩というものが失われますと宣言されたかのような夢想感。あって当たり前のもので、なくなるなんて想像だにしなかったものなのに、それでもこのまま時が流れれば自然に消滅してしまう。妙な力が入ったのか、シャーペンの芯がぽきりと折れた。
(嫌だな、ならば)
だが、その未来を回避するのは簡単だ。――自分が慧斗の恋人になってしまえばいい。そうすれば傍にいるのは関係性の後押しを受けてそれこそ「当たり前」のことになるし、彼女がどこかへ行ってしまうこともない。我ながら悪くない思いつきであるし、解としても唯一の正解だろう。
善は急げだ。どう言おうか。――なあ、いっそ俺と付き合ってみるか。別に何が変わるでもないだろうしたぶん相性も悪くないだろう――その後で紅蓮がこの結論を下すに至った理由を告げれば納得はしてもらえるだろう。
顔を上げる。慧斗をまっすぐ見て、口を開く。
なあ、いっそ――
その、一瞬。
のどは震えなかった。
「ん、どうした。終わったのか?」
そう言って微笑む慧斗が、なんだかひどく美しく見えて――
「……あ、ああ」
「あと少しで三限が終わるな。よかったじゃないか、ちゃんと終わって」
きれいな黒髪を耳にかける仕草。細い指は白く、薄桃の爪が映えている。髪はさらりと光を弾き、同色の瞳の惹きこまれるほどの深さ、長い睫毛と口紅もしていないくせに唇は艶めくくれないの色。襟ぐりから除く鎖骨のラインは嫌味などなく健全に色っぽい。やや低めの声は心地よく通り、男のような口調はしっくりと馴染んでいる。その性格を紅蓮は誰よりも理解している自信あった。聡明で対人関係に細かく洞察力は人一倍優れており、だけれど時々アバウトで妙なところを気にせずに、人を観察して面白がるくせに自分が同じことをされるのは苦手で、気は強いが他者を不用意に傷つける真似はしない。常に客観的立場を保とうとしていて、誰かに依存することを良しとしない気質が高じて助けを求める方法を知らない。
好い女だと今更意識もしないほどに知っていた、だが、……こんなにも?
奇妙にのどが渇く。無意識に唾を飲み込むが収まらず、買ってもらったコーラでどうにか潤した。
言おうと思ったのだ。簡単だと思った。いつもの軽口と同じように言えるはずだった。だが、妙に早まる心臓が声帯の邪魔をして簡単なはずの言葉が出てこない。なあ、いっそ――たったそれだけではないか。そうしていなくなってしまわないようにすれば、それで終わった話ではないか。
だが、勢いを失った解は隠していた不安要素を滲ませ、それがさらに紅蓮の言葉をのどに張り付かせた。失念していたが、そもそも彼女が受け入れてくれる保証などないのだ。いつか彼女を失う友人という立場を維持できるのなら御の字で、下手をすればあの自動販売機前でぎこちなく慧斗と話していた男子学生と同じ立場に陥ってしまう。失わないために失うリスクを負うという矛盾。その矛盾は伴った恐怖を紅蓮に押し付けて彼の目の前に立ちはだかる。
怖い。失うことが怖い、それ以上に拒まれることが怖い。もはやエンターテイメントとして消費されているような恐怖が、しかしどうしようもない重みと実感を伴って紅蓮を雁字搦めにする。どこかで見たドラマの登場人物のような自分を、しかし笑う余裕はない。だが、恐怖が生じた理由だけは、感覚を置き去りにして導き出されていた。
それはまさに、紅蓮が望む関係性になるべく、慧斗に告げるには相応しい感情で――
(…まさか)
まさか、だって、長い付き合いの中で甘酸っぱい関係どころかその兆候すら起こったためしはなくて、幼馴染が恋に落ちてなんてドラマを見てはふたり揃って「ないない」と首を振るような状態がずっと続いていたのに。そんな、今更彼女を――ている、なんて。
「そうだ、なあ、紅蓮。レポートが終わった開放感でちょっと飲みたい気分なんだが、今日お前の家に行ってもいいか?」
このタイミングで何言ってくるんだお前は! と紅蓮の絶賛混乱中の内心など知るわけのない彼女をひそかに怒鳴りつけつつ、紅蓮は曖昧な声を出して首を振った。
「あ、いや……悪い、明日一限に小テストがあるんだ」
「なんだ」慧斗は心底残念そうに息を吐く。「タイミングが悪いな」
本当にな。声には出さずそう返して、紅蓮は努めて普段通りの笑みを張り付けた。
「天后と飲めばいいじゃないか」
「あの子はそんなに強くないからな…。まあ、いいか。また今度な」
張り付けた笑みは自然なものだろうか。受け答えに不自然な点はないだろうか。声はいつも通りだろうか。生まれて初めて肌の色に感謝する。多少顔に熱が散ったところで気づかれずに済む。
チャイムが鳴る。食堂内の学生がその音を合図に立ち上がり始める。例にもれず紅蓮と慧斗もだ。空になった紙コップを近くのゴミ箱に捨てる。
「勾はどこだったっけか、次」
「A棟。お前は?」
「D棟だ。逆方向だな」
安堵しながら答える。一刻も早く彼女と別れてしまいたかった。そうしなければ深い色の双眸にすべて見透かされてしまいそうだった。
「そうか、じゃあ、また。小テスト頑張れよ」
「ああ」
踵を返す慧斗の背を見送る。伸びた背筋は凛と、周囲の空気まで澄み渡らせるように。歩みは揺らぐことなどなくまっすぐで、それは慧斗という存在そのものを現しているように思えた。
彼女に焦がれるものが大勢いて、ほんとうに当たり前だ。紅蓮だってもう、いや、いつからか、そのうちのひとりだったのだ。
四限の教室に向かいながら、紅蓮は苦々しく息を吐いた。こんなことならもっと早くに、避けたい未来に気づく前に、……こんなに慧斗が重たくなる前に手にしておけばよかったと、それは矛盾した後ろ向きの後悔だった。
PR
この記事にコメントする