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せかいのまんなかでひとりぼっち。



紅蓮と勾陣。
晴明に降った直後あたり。

「……で、なんでお前はここに来たんだ」
 筆架叉についた瘴気を漂わせるどす黒い血を振るい落としながら、女は騰蛇を見もせずに言った。淡々とした、しかし自然体を保つ低めの声に、騰蛇は時折勾陣の特異性を見る。騰蛇を忌避しない存在は貴重だったが、大げさにありがたがる道理などはなく、騰蛇は彼女に奇異しか感じない。
「晴明に命じられた」
「晴明に? この程度の妖、私一人で充分だと言うのに」
 実際その通りで、騰蛇がここに来たときには妖は森の色彩に似合わぬ肉塊の躯と化していた。
「俺もそう言ったが聞かなかった」 
 やはり闘将とはいえ女一人と言うのはどうなのだろう、というのが主の理屈だった。あの女にそんな気遣いは無用、むしろ邪険に思われると騰蛇は一応進言したが聞き入れては貰えず、気乗りしないままに地を蹴ったのだった。結局正しかったのは騰蛇である。
 女はあからさまに不機嫌を漂わせた。心配してもらえて嬉しい、などといった殊勝な概念を彼女は持ち合わせていないらしい。知っていたが。
「認めた主とはいえ、見くびられるのは腹が立つな」
「別に見くびったわけじゃないと思うが」
「同じことだろう。実際に一戦を交えたというのに分からないのか、あの若造は。加減してやるんじゃなかった」
 どうせ実体ではなかったのだから、と嘯く声音がなかなかに本気だ。不用意に藪を突く真似はしない。騰蛇は賢明なのだ。
 筆架叉を腰帯に収めた女はひとつ息を吐き出し――ふとあらぬ方向を向いた。何か見つけたらしく、騰蛇に一瞥もくれないままにそちらへ歩いていく。彼は少し迷った後、後に続いた。果たして先にはさざ波ひとつない小さな湖が鏡面よりも鮮明に茂る木々の葉を通した空をほぼ完璧に映していた。惜しむらくは――その言葉は再現性というただ一点のみにかかるが――余分な赤色がいくつもいくつもこれでもかとばかりに自らを誇っていた。とりわけ大きなひとつが他のものと比べても濃い色をして他と紛れることができずに目を引いていた。
「美しい蓮だな。そう言えば季節だったか」
 勾陣の声が微笑んでいる。騰蛇は少々驚いた。この女に花を愛でるしとやかさなどないとばかり思っていた。
「季節?」
「夏だ。知らないのか?」そして勾陣は一拍後に胡乱な顔をして騰蛇を振り返る。「お前、いまが夏なことを知らなかったのか」
 勾陣の声に馬鹿にするような響きはないが、騰蛇は何故か少しむっとした。
「……知らなくても何も困らない」
「お前らしい」
 解釈に困る返事を一言寄越して、彼女は湖面へと向き直る。先に帰っていいぞ、と女は言った。共に帰還するように、との命は受けていない。騰蛇は何もしなかったのだし、報告もすべて勾陣に任せてさっさと異界に戻るのが得策である。このまま蓮の群生を眺めていても特に騰蛇の目は楽しまない。
 だが、騰蛇はふ、と、天后を連れて来たら喜ぶかな、などと朗らかに呟く勾陣に――なぜ口が動いたのか、我ながら不明瞭だが――言った。
「名を、貰った」
 勾陣は驚いた様子でばっと騰蛇を振り返った。わずかに見開かれた黒曜石の双眸は、どうしてだか彼を少し喜ばせた。
「紅蓮、と……俺の炎を見て、あの男はこともあろうに美しいと言った」
 その時騰蛇の心に芽生えた言葉は、この人間は気が触れている、だった。騰蛇の炎は地獄の業火、魂の隅々まで焼け焦がし存在のすべてを無に帰す力は恐怖そのもので、また誰しもを恐怖させねばならない代物だ。常人がそれを美しいなどと評せるわけがない。騰蛇の神気と炎を前にまったくの自然体でいられることがそもそもおかしいのだ。と、ならば目の前の女も主ほどではないにせよ狂っているのだろうか。納得できそうな気はした。
 ふうん、と勾陣は面白そうに口を開いた。
「ぐ――」
 だが、彼女はそのまま続くはずだった自らの言葉をすんでで飲み込んだ。どうしたのだろうと思っていたら勾陣は肩を竦める。
「分かった、言わないからそんな目をするな」
「何を……」
「嫌なんだろう、私ごときに呼ばれるのが」
 彼は一瞬、呼吸を忘れた。女の言葉を否定できなかった。だが、全肯定するにも自覚がない分彼女の言に釈然とせず、黙りこくった騰蛇を勾陣は気分を害した様子もなく、どころか喉を鳴らして笑った。目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだな、と彼女は告げた。
「なるほど、紅の蓮、か」
「怒らないのか」
「怒ってほしいのか?」
 無言を貫いた騰蛇に、勾陣はまた背を向けた。翻る黒髪が網膜の奥に焼付く。夜よりも深く光を弾く濡れ羽色と白い肌が対照的だ。戦場に佇むだけでも人々を惑わし戦局を変える戦女神の後ろ姿。だからと言って、別段惹かれるわけではない。ただ事実として美しい。それだけだ。
「いい名じゃないか。存分に大事にしたらいい」
 それきり静寂が優しく周囲を覆った。勾陣は会話を望んでいないようで、一方の騰蛇も同じく、そして話の種すら何も持たなかった。居心地が悪いわけではなかったが、騰蛇は早々に踵を返し、地を蹴ると界を跨いだ。無機質な大地と無彩色の空と荒涼とした風は、鮮やかに、そして群生しているうちのひとつでありながらもぽつりと孤独に泰然と咲く蓮の花よりはよほど騰蛇に優しかった。晴明にそういう意図などあるはずがないと腹の底から理解していて、けちがついたわけでもなかったが、なんとなく不愉快だった。ただ、女のくれた言葉がそれを打ち消して、結局騰蛇の心は普段通り、やや寒々しくも何にも乱されない無でありつづけているのだった。なぜ勾陣は怒らなかったのだろうとそれだけ疑問ではあったが、騰蛇はよく考えもせずにその念を捨てた。つまらない答えに辿り着きそうだった。

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碧波 琉(あおば りゅう)
少年陰陽師・紅勾を中心に絶えず何かしら萌えor燃えている学生。
楽観主義者。突っ込み役。言葉選ばなさに定評がある。
ひとつに熱中すると他の事が目に入らない手につかない。

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