Be praying. Be praying. Be praying.
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優しくしてきたつもりだった。
いや、真実彼は彼女に優しかった。あらん限りに慈しみ、時には重たいほどの心配を注ぎ、望みを叶え、言葉を受け止め、寄り添っては彼女の心を尊重し、とにかく彼はそのようにしてひたすらに彼女を愛した。ふわふわと温かく砂糖菓子よりは甘すぎない彼の愛は彼女を喜ばせ、満足させ、そして彼に彼女の微笑みと愛という十分すぎるほどの対価をも与えたのだった。けれどもどこまでも友情に近い彼と彼女の関係性はそのような愛を適度に薄く白いもやに覆い隠して、彼と彼女は二人とももやの向こうでとくとくと脈打つそれに表面上は気づかぬふりをしながら安穏な愛を気まぐれに紡いでいた。そしてそれは未来永劫同じように安穏に永久機関的な愛を紡いでいくはずだった。
そのはずが。
何を間違えたのか彼は知らない。彼女はさらに知るわけもない。
彼は手負いの獣であった。彼は孤独な獣であった。鋭利な爪と牙をもちながら自らのそれでいつしかぼろぼろになって横たわり一人哭いていた獣であった。獣は獣とみなが遠巻きにした中でじくじくと痛むその背を撫ぜた白い手にいつしか獣は彼となり彼は恋情を大きく含む愛を知りその手に彼女に捧げてきたのだった。
彼は彼女に優しかった。それは従順とも言えた。ひとつひとつの場面を微視的に見れば彼はたびたび彼女に逆らい食らいついていたが、全体を巨視的に見れば最終的に彼は彼女の望みをほとんどそのまま受け入れていた。彼はそのことに文句をぶちぶちと並べたてつつも不満を蓄えることはなくひとつの均衡を織りなして長い時が過ぎた。そして彼女は忘れたのだ。彼女がその手を差し伸べたのは愛玩動物ではなく獣であり、牙も爪も宿したままで、手負いの傷は流れる時に任せて何事もなければ痛むこともなくなり、そして彼の本質もまた従者ではなくどうしようもなく獣であった。最後の一つだけは、彼女の称賛されるべき観察眼をもってしても彼女のあずかり知らぬところでもあった。
生命を感じさせない無機質な異界の大地に片腕一本で縫い付けた細い体は身じろぎ抵抗を見せながらも紅蓮を跳ね除けない。いや、そう言ったら怒られるだろうか、正しく言えば跳ね除けることができない。差し入れた彼の指がその場所を刺激するだけで、懸命に力の籠る肩は慄くようにぴくりと跳ね、潤み溶けながらも紅蓮を睨む双眸は瞼に隠され、怒りの色で彼の名を呼ぼうとした声は艶やかな嬌声となって押し殺される。そのさまが紅蓮には不思議でならなかった。そしていついかなる時も強く凛と涼やかに在る彼女がこの腕の中で、その意志など関係なく、どうしようもなく女になることが愉しくてたまらなかった。
ひとつだけ卑怯な言い訳をしていいのなら、彼はそれでも彼女に優しかった。傷つけないように、少しでも彼女が傷つかないように、普段通りに彼女の心に寄り添い、理解し、尊重しているつもりだった。けれど、もし勾陣が本当に拒絶したとしても、この手が緩むことはないだろうなと漠然と思っていた。だからこれは言い分けにすらならないただの卑怯な臆病でしかなかった。
とうだ、と吐息のような声が苦しげに呼んだ。痛みのかけらも憶えないまま、紅蓮は唇を押し付けてどうしてと続く言葉を奪い食らった。
そのまま呟く。
「いいだろう」
本意を掴み損ねた瞳が、もっとも理解できていたはずの男を理解できない恐れを奥にひた隠しながら、尋ねるように金の視線を絡め取る。力を抜いてふうと笑い、瞼に唇を押し付けて、再びその場所をえぐった。すがる場所を求めて動く彼女の両腕をなおも拘束したまま、唇を滑らせて首筋に噛みつく。
優しくしてきた。それは紅蓮の望んだことだった。優しくしてきた。そうすると勾陣は満足げに笑った。けれどその裏でいつも獣が吠えていた。手に入っていながら、この女が欲しいと、哭いていた。
優しくしてきた。
だから。
「一回くらい、壊したって、いいだろう」
いや、真実彼は彼女に優しかった。あらん限りに慈しみ、時には重たいほどの心配を注ぎ、望みを叶え、言葉を受け止め、寄り添っては彼女の心を尊重し、とにかく彼はそのようにしてひたすらに彼女を愛した。ふわふわと温かく砂糖菓子よりは甘すぎない彼の愛は彼女を喜ばせ、満足させ、そして彼に彼女の微笑みと愛という十分すぎるほどの対価をも与えたのだった。けれどもどこまでも友情に近い彼と彼女の関係性はそのような愛を適度に薄く白いもやに覆い隠して、彼と彼女は二人とももやの向こうでとくとくと脈打つそれに表面上は気づかぬふりをしながら安穏な愛を気まぐれに紡いでいた。そしてそれは未来永劫同じように安穏に永久機関的な愛を紡いでいくはずだった。
そのはずが。
何を間違えたのか彼は知らない。彼女はさらに知るわけもない。
彼は手負いの獣であった。彼は孤独な獣であった。鋭利な爪と牙をもちながら自らのそれでいつしかぼろぼろになって横たわり一人哭いていた獣であった。獣は獣とみなが遠巻きにした中でじくじくと痛むその背を撫ぜた白い手にいつしか獣は彼となり彼は恋情を大きく含む愛を知りその手に彼女に捧げてきたのだった。
彼は彼女に優しかった。それは従順とも言えた。ひとつひとつの場面を微視的に見れば彼はたびたび彼女に逆らい食らいついていたが、全体を巨視的に見れば最終的に彼は彼女の望みをほとんどそのまま受け入れていた。彼はそのことに文句をぶちぶちと並べたてつつも不満を蓄えることはなくひとつの均衡を織りなして長い時が過ぎた。そして彼女は忘れたのだ。彼女がその手を差し伸べたのは愛玩動物ではなく獣であり、牙も爪も宿したままで、手負いの傷は流れる時に任せて何事もなければ痛むこともなくなり、そして彼の本質もまた従者ではなくどうしようもなく獣であった。最後の一つだけは、彼女の称賛されるべき観察眼をもってしても彼女のあずかり知らぬところでもあった。
生命を感じさせない無機質な異界の大地に片腕一本で縫い付けた細い体は身じろぎ抵抗を見せながらも紅蓮を跳ね除けない。いや、そう言ったら怒られるだろうか、正しく言えば跳ね除けることができない。差し入れた彼の指がその場所を刺激するだけで、懸命に力の籠る肩は慄くようにぴくりと跳ね、潤み溶けながらも紅蓮を睨む双眸は瞼に隠され、怒りの色で彼の名を呼ぼうとした声は艶やかな嬌声となって押し殺される。そのさまが紅蓮には不思議でならなかった。そしていついかなる時も強く凛と涼やかに在る彼女がこの腕の中で、その意志など関係なく、どうしようもなく女になることが愉しくてたまらなかった。
ひとつだけ卑怯な言い訳をしていいのなら、彼はそれでも彼女に優しかった。傷つけないように、少しでも彼女が傷つかないように、普段通りに彼女の心に寄り添い、理解し、尊重しているつもりだった。けれど、もし勾陣が本当に拒絶したとしても、この手が緩むことはないだろうなと漠然と思っていた。だからこれは言い分けにすらならないただの卑怯な臆病でしかなかった。
とうだ、と吐息のような声が苦しげに呼んだ。痛みのかけらも憶えないまま、紅蓮は唇を押し付けてどうしてと続く言葉を奪い食らった。
そのまま呟く。
「いいだろう」
本意を掴み損ねた瞳が、もっとも理解できていたはずの男を理解できない恐れを奥にひた隠しながら、尋ねるように金の視線を絡め取る。力を抜いてふうと笑い、瞼に唇を押し付けて、再びその場所をえぐった。すがる場所を求めて動く彼女の両腕をなおも拘束したまま、唇を滑らせて首筋に噛みつく。
優しくしてきた。それは紅蓮の望んだことだった。優しくしてきた。そうすると勾陣は満足げに笑った。けれどその裏でいつも獣が吠えていた。手に入っていながら、この女が欲しいと、哭いていた。
優しくしてきた。
だから。
「一回くらい、壊したって、いいだろう」
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