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Be praying. Be praying. Be praying.
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何で紅蓮は勾陣に、敢えて勾陣に殺してくれなんて頼んだのかを考えたらこうなった。
最近の私はこの約束が好きすぎると思う。

 沈みゆく意識の中で、彼はひとしずくの安寧を見た。もはや生まれ出た理由すら分からぬほどに彼の身の内で荒れ狂い内側から彼を壊してゆく烈刃の嵐、その鎌風の僅かな隙間から、彼はその生で初めての安穏を知った。その正体を彼は知らない。ただ、何らかに赤らかと照らされて煌めいた闇色であったと記憶している。彼の知るいかなる闇より深くも明るく鋭かった気がした。そして微かな既視感。されどもひと呼吸もせぬうちに消えたそれは、だから些末に過ぎたのだろう。
 安寧の中で、彼はほのかな温度を得る。それは温度と言うには冷たすぎたが、しかし確かに温みであった。ゆるゆると彼の輪郭をかすめていく。安寧の一部分であると理解し掴みとろうと欲したが、手の伸ばし方が分からなかった。
 騰蛇、と響いた。かすれた響きだった。声ではなかった。響きでしかなかった。耳は通らずに体内で震え体内で消えゆく響きだった。だから彼は、誰が己を呼んだのか気づかなかった。
 ゆるやかに、ゆるやかに、すべては暗澹へ溶け果てる。安寧すら遠い、遙かな地平へと。その段になって、はじめて、彼は、惜しいなと、心底思った。腕の伸ばし方すら分からなかったあの安らかさは、今もう遠く、爪の先にかすりもしない。寂寥感。可惜しさ。しかしそれ以外凪いだ心には何も生じぬ。そのまま弾けて失せた意識の底で、
 ただ、
 ただひとつ、思った。
 この黒き安寧は、いったいなん――――



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「お前は私に死ねと言うか」
 勾陣に指摘されて初めて、紅蓮は、そう言えばそうだな、と思い至った。剥き出しの腕や肩や足と同じように火傷の残る顔で冷ややかに、勾陣は笑った。「ならばあの時殺しておいてやればよかった」
「ああ、それもいいな」
 何気なく呟いた言に、彼女は秀麗な顔を忌々しげに歪ませる。何を怒っているのだろうと、彼はまったく不思議に思った。己の声が不自然に乾いていたことにも気づかず。ただ、まだ生々しく思い返せるあの安寧の果てに終われていたのなら、きっときっと幸いであったろうと。
 右手に残る、命を貫いた感覚は、薄れることもなく永劫紅蓮を浸食する。じくじくと、沁みる、疼く、皮膚を越して血流に乗り、内腑を通り心の臓へと、しかしそれでも息は続く。痛苦に麻痺してなお救われぬ心に呼吸は酸に似ていた。
 痛い。……痛い。いっそ抉りだして握りつぶしてしまいたいほど――
「頼む」
 勾陣がさらにその顔を歪める。淡々とした声が血を吐きそうな悲壮さに満ちているゆえとも、やはり当の彼だけが気づかない。どうして受け入れてくれないのだろう。そんなことを無邪気に考えるだけだ。
「もしも再びがあったなら」
 本当は今このときにでも、彼女の白い繊手、細い指先がこの首にかかればいいと、心から願ってるけれど。
「そのときはおれを、ころしてくれ」
 様々な感情を灯しながら真っ直ぐに己を見返す黒の双子石を、彼は美しいと思った。好ましいとも。そして潜在意識に隠れていた安らかな記憶が緩慢に目を覚ました。
 紅蓮は安寧を知らなかった。いや、彼は何も知らなかった。孤独も痛苦も寂寥も、幸福も歓喜も願望も、何も何も知らなかった。何かがあることすら、知らなかった。心の臓が動いているだけの、単なる物体にすぎなかった。そして彼が初めて手にしたのは絶望であった。痛苦であり嫌悪であり憎悪であり怨嗟であり悔恨であり――そして最後に、彼女のもたらした安寧であった。安息であり寂寞であり願望であり名残であった。それらすべてをもたらしたのは勾陣であり、また増し続けるだけの痛苦を一時でも留めたのは勾陣であった。ゆえに願う。あの、どうしようもない、安寧を。死への誘い手が寄越した刹那の救済はしかしそれでも確かに救済であり得たのだ。
 息を吐く音がした。
「なぜ私に言うのか、理解できないし、聞く気もないが」硬い声。「望むのならば、しかるべき時、私がお前を殺してやろう」
 安堵によく似たものが喉の奥から芽を出した。彼女が目を見開いたのを何だろうと考えていたら、無表情のまま固まっていたはずの頬がゆるみ微笑みともとれるほど口元が柔らかくなっていた。
 泣きたいほどの歓喜というものを、知る。「よかった」
 生じた安堵は喉を詰めていたものを溶かし呼吸を遙かに楽にした。吸い込んだ空気は乾き果てていながらどこか爽快で、彼はようやく己の心鼓に怯えない。勾陣が何やらもの言いたげな目をしていたが、それは不満なのか疑問なのか紅蓮に判じることはできなかった。ただ、約束された安寧がひどく甘美に感ぜられ、それはたった今の安らぎと化す。
 それは勇気だ。息をする勇気。心臓の音を許す勇気。ただ彼女のみがもたらした生への言い訳。価値には足りぬ、けれども消極的に理由たりえるもの。
 いつか勾陣がその手で届けるだろう安寧を思うだけで、彼はいびつに、幸いに似たものすら、覚えたのだ。

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碧波 琉(あおば りゅう)
少年陰陽師・紅勾を中心に絶えず何かしら萌えor燃えている学生。
楽観主義者。突っ込み役。言葉選ばなさに定評がある。
ひとつに熱中すると他の事が目に入らない手につかない。

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