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Be praying. Be praying. Be praying.
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ツイッターから。
なんか罠にはまった気がしてならない。

 賑やかしにつけていたテレビが映しているドラマのなかでヒロイン役を務めている女優が「奇跡だ!」と叫んだ。女優と言うか、正しくは最近流行りのアイドルだったか。勾陣はなんとなくテレビを見やって、また読んでいた本に視線を戻した。ドラマの内容はろくに知らないが(適当に点けていたチャンネルで勝手に始まっただけである)耳に入ってきた内容と時期的に最終回付近なのだろう。奇しくも開いていた文庫の中でもラスト五分の一か六分の一に差し掛かって奇跡が展開されているところだった。
 勾陣は同胞の中でも比較的人界に溢れているフィクションに好んで触れる。理由は暇つぶしと興味が半々だ。歴史物は時折展開と記述に突っ込みたくなる時もあるが、それを含めてだいたいのものは頭をからっぽにして見ればそれなりに面白い。昌浩がまだ小さかった頃、昌浩が好んでいた子供向け戦隊ドラマを突っ込みと文句を並べ立てながら(そんな義務もないのに昌浩に付き合って)見ていた紅蓮にもそんなことを言ったことがあった。時々侮れないような感動ストーリーが展開することがあると。
 そんな『感動ストーリー』は奇跡が生じて起こるものと相場が決まっている。
「…………」
 勾陣は無言のままページをめくり、何かを思い出すように唇を親指の先でなぞる。文字を追いながら脳裏に浮かぶのは一人の男だ。ただし今現在の彼ではなく、彼女が好む笑顔でもなく、遠い昔の孤独な背中。
「あ、勾、ここにいたのか」
 後ろから声をかけられて勾陣は思わず笑い混じりの息を零した。噂もしていないが、影は立ったらしい。
「どうした、騰蛇。何か用か?」
「いや別に。何か飲み物いるか?」
「任せる」
 おーと適当な声を上げて紅蓮は台所へ戻っていく。おおかた家事がひと段落したから話し相手に勾陣を探していたのだろう。
 ドラマの方は何が起こったのか分からないままだが、文庫の側は生じた奇跡を切っ掛けにハッピーエンドまで辿りついた。成功率の低く困難と言われ他の医者からは匙を投げられたヒロインの手術が成功し生還するという、お約束のパターンである。しかも成功したはずなのに意識が戻らないヒロインに主人公の呼びかけが届いて覚醒という古典的なお約束まで踏んでいる。それはそれで悪いとは勾陣は思わない。人間はこういう奇跡が好きだ。
 そうだ、人間は奇跡が好きだ。それはもしかしたら自分たちの儚さと無力さを無意識に知っているからなのかもしれない。だからありえないはずのもしもを描き、ご都合主義のもしもを描く。フィクションでもノンフィクションでも人間の生きるこの世界にはいくつも奇跡がありふれたように落ちていて、そうでないものさえも勝手に奇跡と認定してありがたがって喜んでいる。
 あるいは愚かしく思えるそんな人間たちをどこか微笑ましくも思うのは自分が神と人の狭間の存在のようなものだからだろうか。
 巻末の解説をぱらぱらと読み流したところで再度声が降った。
「勾ー」
 のんきな声音にまた笑う。
 本を閉じてマグカップを受け取る。ストレートのアップルティーだった。
「邪魔したか?」
「いや、読み終わったところだよ」
「これは?」
 紅蓮はテレビを指差す。
「点いていたから放っておいただけだ。消すか?」
 そうだな、と紅蓮はリモコンを探す。どうでもいいが必要な時になかなか見つからないものナンバーワンと言えばリモコンだろう。座卓の上に積み重ねられていたのが崩れたチラシの下に隠れていた。
 ティーパックのものだろうが、紅茶はほどよく甘く香りもいい。ひと口喉を鳴らし、勾陣は当たり前のように隣に陣取って片胡坐をかいた男を見上げた。勾陣の視線に気づいた紅蓮は、ん、と口を動かさずにそう応じる。
 奇跡か、と彼女はゆっくりまじろいだ。
 紅蓮の手からマグカップを奪い取り、自分のものと一緒に座卓の上に避難させる。「勾?」と彼女の意図が読めない紅蓮が不思議そうに声を上げたのを口許に刷いた微笑で黙殺する。もとより読ませるつもりも伝えるつもりもない。そのまま勾陣は軽やかな動作で紅蓮の上に圧し掛かると何も言わずにキスをした。押し付けるだけのプレッシャーキス。重心を無理矢理移されてバランスを崩した紅蓮が慌てて後ろに手を付き勾陣の暴挙に目を剥いたのが瞼を閉じていてもはっきりと分かって唇を押し付けたまま彼女はのどを鳴らす。
 唇を離すと、紅蓮は状況が呑み込めていない様子で勾陣を見つめて瞬きを繰り返した。
「……なあ、あの、…勾? 何かあったか?」
 その表情が可笑しくて勾陣は肩を震わせる。間抜け面、と圧し掛かった体勢のまま鼻先に指を突き付けてやると、誰のせいだよと半眼が返ってきた。しかし相変わらず状況は分かっていないようだ。
「いや、なんでもない。……だが、そうだな…」
 少しだけなら教えてやってもいいかなと思いなおして、勾陣は一瞬瞼を閉じる。その一瞬の間に脳裏にいくつもの情景――記憶――が駆け抜けた。その中でとりわけ光る、眩しいほど美しい、勾陣がもっとも愛したはじまりのひとつ。

 ――れーん…。
 幼い子供の声。まだ音の出し方を把握していない舌ったらずな。
 驚いて気の抜けた顔をする男。ほら見ろと自慢げな老人。
 ただ見ていた。
 ――……なんだ、昌浩。
 在り得ないと思い込んでいた穏やかな笑顔を、ただ見ていた。

 誰からも恐れられ忌まわれ遠ざけられていた孤独な男。恐れ忌み遠ざけることのなかったもっとも近い存在である勾陣からさえも正しく理解されることなく独りでひたすらに時を過ごし。そして終わることのない時が終わる日をひたすら待ち続けるだけだと男を含めて誰もが信じて疑わなかった。
 けれど男は変わった。一人の子供が男を変えた。子供は男を恐れなかった。やがて長い時をかけ、男は恐れられる存在ではなくなった。
 事象にしてみればたったそれだけの。きっと似たような奇跡はどこかのフィクションにありふれている。
 けれどあれ以上の奇跡を勾陣は知らない。奇跡という言葉に収めておくことすら惜しい美しい何か。いまこうやって彼と紡ぐ愛すらもその奇跡のおこぼれにすぎない。
 あれ以上の奇跡など、きっと永劫この世に起こりはしないと、彼女は本気で信じている。

「……奇跡を語るなら、お前を抜きには語れないと。そう思っただけさ」
 何一つ偽りも誤魔化しもない勾陣の言葉に、しかし紅蓮は意味が分からないと言うように眉を潜める。どうせいつもの気まぐれだと思っているのだろう。
 勾陣はひとつ肩をすくめて、おそらくはどういうことだと問おうとした唇を自らのそれで再び塞いだ。

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碧波 琉(あおば りゅう)
少年陰陽師・紅勾を中心に絶えず何かしら萌えor燃えている学生。
楽観主義者。突っ込み役。言葉選ばなさに定評がある。
ひとつに熱中すると他の事が目に入らない手につかない。

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・紅勾、青后、勾+后(@少年陰陽師)

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