Be praying. Be praying. Be praying.
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自分にとてもとてもよく似た顔かたちをした少年は、彼女にとてもとてもよく似た顔かたちをした少女と繋いでいた手をいともたやすく離して昌浩の眼前に歩み寄った。昌浩は思わず眩しいものを見たように目を細める。
ああ君はそんな風に簡単に手を離せるんだね。もう一度いつでも繋げると信じて疑わずに。
そしてそれは少年の思い込みなどでは決してないのだろう。
「……俺?」
少年はそう言って梟のように首を傾げた。胡乱げな目線を受けて、昌浩はかぶりを振る。
「たぶん、違う」
ふうん、と少年は鼻を鳴らした。
少年は、そして少年の後ろで自分たちを見ている少女も、昌浩が今までに見たことのない衣装
、この国のものでも異国のものでも、遠い西国のものでもなさそうなものを身に纏っている。とりわけ少女の服は裾がとても短く太腿までを晒している。神将でもないのに、人間の女の子がそんな格好をするなんて。ありえないといっていい。そのありえなさが、同時に自分と彼女が眼前の少年少女と重なり同じ道を辿れる未来を気持ちいいほどに全否定している気がした。
「……あの子、さ」目線を少女に向けると、少年も少女を振り返った。少女はきょとんと瞬きを繰り返す。あの子も何度だってこんな表情を浮かべた。「大事?」
「え!?」
唐突な昌浩の言葉に少年は目に見えて動揺した。少年と言っても年齢は昌浩と同じくらいだろう。背丈も肩幅も変わらない。声は自分のものとは少しだけ違う気もしたが、他の人が聞いたら自分とまったく同じである気もする。
頬を赤らめてしばらくあわあわとしていた少年は、やがて目線をやや上向きに彷徨わせると、ひとつ、深く頷いた。
「……うん。すごく、大事な子」
昔、螢に同じ台詞を告げたことを思い出した。
「結婚とか、するの?」
そして昌浩はあの時の螢と同じ言葉を重ねて問いかける。
少年はまた素っ頓狂な声を上げてあわあわしていたが、そのうちに今度は少し俯いて、躊躇いがちに小さく頷く。同じくらい小さな声で、ぽつぽつと言った言葉はあの日の昌浩のものとは少しも重ならない。
「できたら…まだ、分からないけど……。そうなったらいいな、と、思う」
「――そっか」
どうしてだか、昌浩はとても自然に笑えた。
「俺もさ、いるんだ。すごく大事な子。あの子によく似てて」
でも、と続けた昌浩は少年の顔を確認する。そんな可能性を考える必要のない、自信と幸福に満ちた自分と同じ顔を。
「でも、俺は無理なんだ。一緒になれない」
「……なんで?」
「違うから。いろんなものが」
けれどほんとうは彼女との糸はもっとずっと早くに途切れてしまうはずだったもので。ずっと護るよ。そう言って合わせた御簾越しのてのひら。さよなら、どうか幸せに。それだけを祈って見送った出車。そこで終わってしまうはずだった昌浩と彼女の物語は、けれどそれから先もう少しだけ許された。あの頃は何も考えなかった。目の前の少年少女のように、触れられなくなる日が来るなんて忘れたままいくつも積み重なった幼い幸福と満ち足りた記憶。望むべくもなかったそんなものを貰ったから、だからもう充分だと、昌浩は本気でそう思っていたのに。
それでも。
「……羨ましいよ。君とあの子が。君になりたいくらい、羨ましい」
何かを察したのか、少年は少し目を伏せた。
その時突風が吹いた。春一番のように激しく、けれどほんの少しの優しさを交えて。思わず瞼を閉じる。風が止んで目を空けた時には、少年は踵を返し少女の手を屈託なく取っているところだった。
「行こう、彰子」
少年が呼んだ名前に瞠目する。
立ちすくむ昌浩から離れていく二人の先にいくつもの人影がある。皆見たことのない服装で、けれど皆昌浩の知っている顔かたちをしていた。両親がいる。兄がいる。祖父がいる。紅蓮たち十二神将が――何人かは髪色と目の色が異なっているようだったが――いる。さらには比古や螢、斎、中宮章子まで。
「…………いいなぁ」
無意識に呟く。昌浩は、何故か少し、微笑んでいた。
何が違ったのかな。もうこちらを見ない少年の背に問いかける。
君たちと俺たちと何が違ったのかな。
君とその子のように俺とあの子の背景がまっさらだったら、俺たちも君たちのようになれたのかな。
「ほんとに、いいな……」
どうしようもなく羨ましくて、どうしようもなく眩しくて、そしてどうしようもなく、目頭の奥が熱かった。
ああ君はそんな風に簡単に手を離せるんだね。もう一度いつでも繋げると信じて疑わずに。
そしてそれは少年の思い込みなどでは決してないのだろう。
「……俺?」
少年はそう言って梟のように首を傾げた。胡乱げな目線を受けて、昌浩はかぶりを振る。
「たぶん、違う」
ふうん、と少年は鼻を鳴らした。
少年は、そして少年の後ろで自分たちを見ている少女も、昌浩が今までに見たことのない衣装
、この国のものでも異国のものでも、遠い西国のものでもなさそうなものを身に纏っている。とりわけ少女の服は裾がとても短く太腿までを晒している。神将でもないのに、人間の女の子がそんな格好をするなんて。ありえないといっていい。そのありえなさが、同時に自分と彼女が眼前の少年少女と重なり同じ道を辿れる未来を気持ちいいほどに全否定している気がした。
「……あの子、さ」目線を少女に向けると、少年も少女を振り返った。少女はきょとんと瞬きを繰り返す。あの子も何度だってこんな表情を浮かべた。「大事?」
「え!?」
唐突な昌浩の言葉に少年は目に見えて動揺した。少年と言っても年齢は昌浩と同じくらいだろう。背丈も肩幅も変わらない。声は自分のものとは少しだけ違う気もしたが、他の人が聞いたら自分とまったく同じである気もする。
頬を赤らめてしばらくあわあわとしていた少年は、やがて目線をやや上向きに彷徨わせると、ひとつ、深く頷いた。
「……うん。すごく、大事な子」
昔、螢に同じ台詞を告げたことを思い出した。
「結婚とか、するの?」
そして昌浩はあの時の螢と同じ言葉を重ねて問いかける。
少年はまた素っ頓狂な声を上げてあわあわしていたが、そのうちに今度は少し俯いて、躊躇いがちに小さく頷く。同じくらい小さな声で、ぽつぽつと言った言葉はあの日の昌浩のものとは少しも重ならない。
「できたら…まだ、分からないけど……。そうなったらいいな、と、思う」
「――そっか」
どうしてだか、昌浩はとても自然に笑えた。
「俺もさ、いるんだ。すごく大事な子。あの子によく似てて」
でも、と続けた昌浩は少年の顔を確認する。そんな可能性を考える必要のない、自信と幸福に満ちた自分と同じ顔を。
「でも、俺は無理なんだ。一緒になれない」
「……なんで?」
「違うから。いろんなものが」
けれどほんとうは彼女との糸はもっとずっと早くに途切れてしまうはずだったもので。ずっと護るよ。そう言って合わせた御簾越しのてのひら。さよなら、どうか幸せに。それだけを祈って見送った出車。そこで終わってしまうはずだった昌浩と彼女の物語は、けれどそれから先もう少しだけ許された。あの頃は何も考えなかった。目の前の少年少女のように、触れられなくなる日が来るなんて忘れたままいくつも積み重なった幼い幸福と満ち足りた記憶。望むべくもなかったそんなものを貰ったから、だからもう充分だと、昌浩は本気でそう思っていたのに。
それでも。
「……羨ましいよ。君とあの子が。君になりたいくらい、羨ましい」
何かを察したのか、少年は少し目を伏せた。
その時突風が吹いた。春一番のように激しく、けれどほんの少しの優しさを交えて。思わず瞼を閉じる。風が止んで目を空けた時には、少年は踵を返し少女の手を屈託なく取っているところだった。
「行こう、彰子」
少年が呼んだ名前に瞠目する。
立ちすくむ昌浩から離れていく二人の先にいくつもの人影がある。皆見たことのない服装で、けれど皆昌浩の知っている顔かたちをしていた。両親がいる。兄がいる。祖父がいる。紅蓮たち十二神将が――何人かは髪色と目の色が異なっているようだったが――いる。さらには比古や螢、斎、中宮章子まで。
「…………いいなぁ」
無意識に呟く。昌浩は、何故か少し、微笑んでいた。
何が違ったのかな。もうこちらを見ない少年の背に問いかける。
君たちと俺たちと何が違ったのかな。
君とその子のように俺とあの子の背景がまっさらだったら、俺たちも君たちのようになれたのかな。
「ほんとに、いいな……」
どうしようもなく羨ましくて、どうしようもなく眩しくて、そしてどうしようもなく、目頭の奥が熱かった。
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夏が終わり秋の涼しさが肌に馴染んだ頃である。そろそろ虫も鳴き始める時分に、掃除中紅蓮はたまたまそれを見つけた。
線香花火。
夏に子供組がやっていた花火の残りらしい。一袋きりのそれは昌浩曰く「あー、なんか残っちゃったんだっけそれ?」と記憶からも忘れられかけた代物だったらしく、「捨てちゃっていいよ、それだけ残ってても仕方ないし」と昌浩は続けた。だって一人でそれだけやるのもあれだし、という言い分である。
来年まで取っておいたところで湿気るだけだし、来年は来年でどうせ花火をまた買うのだ。しかし封も開けられていないそれをそのままゴミ箱に押し込むのも少し勿体なくて、まあ一応玄武と太陰にも聞いてから捨てるか、と思ったところで、紅蓮は尋ねる相手を変えた。彼女はちょうど縁側で涼んでいて、紅蓮がそれを見せると「暇だったし、付き合ってやる」と笑った。
紅蓮が適当な小ささの容器に水を汲んできて、勾陣が仏間から一本蝋燭を失敬して、ささやかな花火はスタートした。と言っても本数そのものが少ないので二十分もせずに終わりそうだったが。余談だがこういう時紅蓮は火付け係として重宝される。
大した音も熱も伴わず、小さな火の玉から細い光が身近な線を描いて弾けるだけのそれ。これ以外の花火は打ち上げであれ手持ちであれ、一瞬の儚さを忘れさせるほど華々しく光るのに、線香花火だけは咲き方からして力ない。
「湿気ていなくてよかった」
「誘っておいてそれだったらしばらく笑ってやるところだったな……っと」
彼女の言葉が終わったのとほぼ同時に、白い指先が摘まんでいた花火の先からすっと火が消える。それから三秒ほどして紅蓮が持っていたものの火が光ったまま落ちた。地面に触れた弱弱しい光はそのまま音もなく見えなくなる。
「嫌味なほどに儚いな」
「まったくだ」
彼ら神からすればともすれば花火と同程度に儚い人間よりも、しかしこれはあまりに静かすぎず何も生まない分頼りない。
その儚さをしかししっかりと楽しんでいるうちに、袋の中身はいつの間にか随分減っていた。
「これで最後だ」
「もうか? そんなに少なかったのか」
勾陣に一本渡しながら紅蓮は答える。
「まあもともと少なかったからな。それに結構経ってるだろ、たぶん」
遠慮も気遣いも(ともすればその努力も)ない分紅蓮と勾陣の平時の会話は比較的多方面にアクロバットして、その分体感時間が少ないのが常だ。
勾陣はさして残念そうでもなさそうに「そんなものか」と言った後、ふっと蝋燭の火に最後の線香花火を近づけかけていた紅蓮を制した。
「待て、騰蛇。このまま終わるのも面白くないから、競争しよう」
「ああ、いいな」
ルールを確認するまでもない。先に火種を落とした方の負けだ。
「妨害はなしだぞ」
釘を刺した紅蓮に勾陣は眉を寄せる。
「私をなんだと思っているんだ」
「ほら、始めるぞ」
不服そうな物言いを無視する。勾陣は紅蓮相手だと手段を選ばないがそれを指摘するメリットはなかった。
公平のため同時に火をつける。スムーズに咲いた火の花は、弾けた線の描かれ方が本当の花によく似ている。風を震わせて夜空に咲き誇る大輪ではなく、どこかひっそりとした崖下あたりで揺られていそうな。しかしこの花は強い風が葺いたらあっというまに終わるだろう。
三十秒ほど経過した。互いにまだ落ちる気配はない(もっとも、終わってしまう寸前までそういう気配を見せないのが花火と言うものだが)。
左隣で中腰だった彼女が、唐突に、ゆっくりとゆったりと、腰を上げた。
「勾?」
動けばその分だけ火種は落ちやすくなる。彼女が左手に摘まんでいる線香花火はまだ火を散らしていたが、勾陣の意図が分からない。妨害はルール違反だとちゃんと決めたのでその心配はしていなかったが、何なんだと紅蓮は、こちらもゆっくり火種を落としてしまわないように、息を吐いた。確認するが紅蓮の方もまだ光っている。
その確認のために紅蓮が目線を線香花火へ向けた瞬間、こめかみに柔らかな感触が降った。単に柔らかいだけでなくて温かい。
紅蓮はその感触をよく知っていた。
「――勾!?」
一瞬の硬直、そして理解、すなわち驚愕。思わず声を張り上げてばっと彼女を見上げる。その拍子に紅蓮の線香花火が重力に負けた。椿が落ちるように光の玉は地へ吸い込まれる。勾陣はおかしそうにそれを指差して、「私の勝ちだな」と勝ち誇るように微笑んだ。
勾陣のものが消えたのはそれから五秒後だ。
「……あのな、勾、妨害は禁止だと」
文句を言いかけた紅蓮に、勾陣は「心外だな」と肩をすくめて数度瞬く。
「急に口付けたくなった。それだけだが?」
勾陣は再び膝を曲げた。彼女の目線が急に下がる。普段並ぶときよりは近く、しかし紅蓮より低く。微笑んでいる唇が夜闇にしかしやたらと妖艶だった。夜より深い黒の双眸が湛える熱も。十中八九狙ってのそれに、しかし紅蓮は気圧される。
「それとも、お前は私からの口づけが嫌だったのか?」
紅蓮は三秒黙ったのち、両手を軽く掲げた。隠していた意図はあったにしろそう言われると紅蓮には否定のしようがないし(否定できないし、したくもない)、紅蓮はキスが禁止だとは言わなかった。それでも面白くないのは面白くなかったので、ならばこれくらいはと彼は口を開く。
「じゃあ、ほんとうにそうだったと証明してみろ」
勾陣はさして困った様子もなく、立ち上がりざまに紅蓮の額に唇を押し付けた。彼は微笑む。これでルール違反すれすれの行為はチャラでいい。
線香花火を水につけ、蝋燭の火を消しながら勾陣は言った。
「騰蛇」
「ん?」
「アイスが食べたい」
軽く半眼になりつつ腰を上げる。
「そういうことだとは聞いてないぞ。それにもう涼しいのに」
「いいだろう、食べたくなったんだ」
ひとつ肩をすくめて、紅蓮は「分かった」と髪を掻き揚げた。彼女の言い分をひっくり返せるカードなんて基本的に紅蓮は持っていないのだ。
片づけを終わらせてから二人で近くのコンビニまで歩いた。紅蓮が先にハーゲンダッツ以外だからなと釘をさすと勾陣は面白くなさそうにせこいぞと言った。どっちがだよと返しながら、紅蓮は自分の分を適当に手に取った。
線香花火。
夏に子供組がやっていた花火の残りらしい。一袋きりのそれは昌浩曰く「あー、なんか残っちゃったんだっけそれ?」と記憶からも忘れられかけた代物だったらしく、「捨てちゃっていいよ、それだけ残ってても仕方ないし」と昌浩は続けた。だって一人でそれだけやるのもあれだし、という言い分である。
来年まで取っておいたところで湿気るだけだし、来年は来年でどうせ花火をまた買うのだ。しかし封も開けられていないそれをそのままゴミ箱に押し込むのも少し勿体なくて、まあ一応玄武と太陰にも聞いてから捨てるか、と思ったところで、紅蓮は尋ねる相手を変えた。彼女はちょうど縁側で涼んでいて、紅蓮がそれを見せると「暇だったし、付き合ってやる」と笑った。
紅蓮が適当な小ささの容器に水を汲んできて、勾陣が仏間から一本蝋燭を失敬して、ささやかな花火はスタートした。と言っても本数そのものが少ないので二十分もせずに終わりそうだったが。余談だがこういう時紅蓮は火付け係として重宝される。
大した音も熱も伴わず、小さな火の玉から細い光が身近な線を描いて弾けるだけのそれ。これ以外の花火は打ち上げであれ手持ちであれ、一瞬の儚さを忘れさせるほど華々しく光るのに、線香花火だけは咲き方からして力ない。
「湿気ていなくてよかった」
「誘っておいてそれだったらしばらく笑ってやるところだったな……っと」
彼女の言葉が終わったのとほぼ同時に、白い指先が摘まんでいた花火の先からすっと火が消える。それから三秒ほどして紅蓮が持っていたものの火が光ったまま落ちた。地面に触れた弱弱しい光はそのまま音もなく見えなくなる。
「嫌味なほどに儚いな」
「まったくだ」
彼ら神からすればともすれば花火と同程度に儚い人間よりも、しかしこれはあまりに静かすぎず何も生まない分頼りない。
その儚さをしかししっかりと楽しんでいるうちに、袋の中身はいつの間にか随分減っていた。
「これで最後だ」
「もうか? そんなに少なかったのか」
勾陣に一本渡しながら紅蓮は答える。
「まあもともと少なかったからな。それに結構経ってるだろ、たぶん」
遠慮も気遣いも(ともすればその努力も)ない分紅蓮と勾陣の平時の会話は比較的多方面にアクロバットして、その分体感時間が少ないのが常だ。
勾陣はさして残念そうでもなさそうに「そんなものか」と言った後、ふっと蝋燭の火に最後の線香花火を近づけかけていた紅蓮を制した。
「待て、騰蛇。このまま終わるのも面白くないから、競争しよう」
「ああ、いいな」
ルールを確認するまでもない。先に火種を落とした方の負けだ。
「妨害はなしだぞ」
釘を刺した紅蓮に勾陣は眉を寄せる。
「私をなんだと思っているんだ」
「ほら、始めるぞ」
不服そうな物言いを無視する。勾陣は紅蓮相手だと手段を選ばないがそれを指摘するメリットはなかった。
公平のため同時に火をつける。スムーズに咲いた火の花は、弾けた線の描かれ方が本当の花によく似ている。風を震わせて夜空に咲き誇る大輪ではなく、どこかひっそりとした崖下あたりで揺られていそうな。しかしこの花は強い風が葺いたらあっというまに終わるだろう。
三十秒ほど経過した。互いにまだ落ちる気配はない(もっとも、終わってしまう寸前までそういう気配を見せないのが花火と言うものだが)。
左隣で中腰だった彼女が、唐突に、ゆっくりとゆったりと、腰を上げた。
「勾?」
動けばその分だけ火種は落ちやすくなる。彼女が左手に摘まんでいる線香花火はまだ火を散らしていたが、勾陣の意図が分からない。妨害はルール違反だとちゃんと決めたのでその心配はしていなかったが、何なんだと紅蓮は、こちらもゆっくり火種を落としてしまわないように、息を吐いた。確認するが紅蓮の方もまだ光っている。
その確認のために紅蓮が目線を線香花火へ向けた瞬間、こめかみに柔らかな感触が降った。単に柔らかいだけでなくて温かい。
紅蓮はその感触をよく知っていた。
「――勾!?」
一瞬の硬直、そして理解、すなわち驚愕。思わず声を張り上げてばっと彼女を見上げる。その拍子に紅蓮の線香花火が重力に負けた。椿が落ちるように光の玉は地へ吸い込まれる。勾陣はおかしそうにそれを指差して、「私の勝ちだな」と勝ち誇るように微笑んだ。
勾陣のものが消えたのはそれから五秒後だ。
「……あのな、勾、妨害は禁止だと」
文句を言いかけた紅蓮に、勾陣は「心外だな」と肩をすくめて数度瞬く。
「急に口付けたくなった。それだけだが?」
勾陣は再び膝を曲げた。彼女の目線が急に下がる。普段並ぶときよりは近く、しかし紅蓮より低く。微笑んでいる唇が夜闇にしかしやたらと妖艶だった。夜より深い黒の双眸が湛える熱も。十中八九狙ってのそれに、しかし紅蓮は気圧される。
「それとも、お前は私からの口づけが嫌だったのか?」
紅蓮は三秒黙ったのち、両手を軽く掲げた。隠していた意図はあったにしろそう言われると紅蓮には否定のしようがないし(否定できないし、したくもない)、紅蓮はキスが禁止だとは言わなかった。それでも面白くないのは面白くなかったので、ならばこれくらいはと彼は口を開く。
「じゃあ、ほんとうにそうだったと証明してみろ」
勾陣はさして困った様子もなく、立ち上がりざまに紅蓮の額に唇を押し付けた。彼は微笑む。これでルール違反すれすれの行為はチャラでいい。
線香花火を水につけ、蝋燭の火を消しながら勾陣は言った。
「騰蛇」
「ん?」
「アイスが食べたい」
軽く半眼になりつつ腰を上げる。
「そういうことだとは聞いてないぞ。それにもう涼しいのに」
「いいだろう、食べたくなったんだ」
ひとつ肩をすくめて、紅蓮は「分かった」と髪を掻き揚げた。彼女の言い分をひっくり返せるカードなんて基本的に紅蓮は持っていないのだ。
片づけを終わらせてから二人で近くのコンビニまで歩いた。紅蓮が先にハーゲンダッツ以外だからなと釘をさすと勾陣は面白くなさそうにせこいぞと言った。どっちがだよと返しながら、紅蓮は自分の分を適当に手に取った。
ポケモンメモ
シャワーズ めざくさ(仮名)
ひかえめ 潤い
個体値:25~26-0~3-20~21-30-31-31
努力値:0-0-194-248-0-68
シャワーズ めざほのお(仮名)
ひかえめ 潤い
個体値:30-9-30-26-31-30
努力値:12-0-210-184-36-68
仮名というか幼名というか
立派に育ったら名前を授ける予定
二体のメガネシャワ
くさの方は個体値中途半端だからS調整した後BCぶっぱ
ほのおの方は理想個体に近かったからブログを漁って耐久調整、取り敢えずガモスのさざめき確3らしい
Cは一応ハッサム意識、HAならドロポンで確1
ほのおの方はめざパでHD特化でも確1
ドロポン/冷ビ/めざパ であと一枠技何がいいだろう
シャワーズ めざくさ(仮名)
ひかえめ 潤い
個体値:25~26-0~3-20~21-30-31-31
努力値:0-0-194-248-0-68
シャワーズ めざほのお(仮名)
ひかえめ 潤い
個体値:30-9-30-26-31-30
努力値:12-0-210-184-36-68
仮名というか幼名というか
立派に育ったら名前を授ける予定
二体のメガネシャワ
くさの方は個体値中途半端だからS調整した後BCぶっぱ
ほのおの方は理想個体に近かったからブログを漁って耐久調整、取り敢えずガモスのさざめき確3らしい
Cは一応ハッサム意識、HAならドロポンで確1
ほのおの方はめざパでHD特化でも確1
ドロポン/冷ビ/めざパ であと一枠技何がいいだろう
ブラウザをLunsascapeからIronに変えました。慣れないところもあるけどさくさくしていい感じです。
そのことを友達に話したら変える前のブラウザも変えた後のブラウザも知らんと切って捨てられました。
紅勾。
あやうい表現はないけどシチュエーションとしてやってるというかやろうとしてるので一応続きから。
そのことを友達に話したら変える前のブラウザも変えた後のブラウザも知らんと切って捨てられました。
紅勾。
あやうい表現はないけどシチュエーションとしてやってるというかやろうとしてるので一応続きから。
別段何があったというわけでもない。ただ午前一時も過ぎてみなが寝静まってしまった後に、なんとなくまだ眠たくないからとなんとなく他愛無い話をしているうちに、またなんとなく空気が甘やかなものになって、それ以上の何かを別段望むわけでもなく、ソファの隣に座っていた勾陣の細身を引き寄せて抱き寄せて凭れ掛からせて髪を梳いて、時折思い出したかのように口付けをして額を触れ合せて、あるいは彼女の方から頬を押し付けて耳元で笑って、そんなことをひそやかに繰り返した。むせ返るほどの甘さに取り巻かれながらしかしそこはどこか子供同士の無垢な秘密か、そうでなければ平和な獣のじゃれ合いに似た空気が漂っている。自分たちはいつもこうだ。体を求める時もあるけれど、それ以上にただゆっくりと共に時を数えようとする。癖、とは少し違う。自然な在り方として落ち着いただけだ。
ふと、紅蓮の肩口に額を押し付けていた勾陣の体からとろとろと力が抜けたのが分かった。
「勾? 眠いか?」
壁掛け時計を確認すると二時七分前を指している。声を潜めて問いかけ少し覗き込むと、ごろごろ喉を鳴らす猫のような表情が八割夢路に引きずられながら辛うじて紅蓮を確認した。そんな顔もするんだなと滅多にお目にかかれない表情ににやける頬を正す努力もしないで、紅蓮は少し体勢を変えて彼女が楽なように引き寄せ支えた。いまベッドに引っ張っていったら逆に起こしてしまうだろう。
幼子を寝かしつける時のように背を撫で、また一定間隔で優しくあやす。勾陣は時折悪気なしの自然体で紅蓮に対し上から目線の子供っぽさを閃かせるが、それは忘れたころにこんな風に可愛げとして顕わになる。頻度で言えば紅蓮を困らせて振り回して面白がる悪質さとして出現する方がよっぽど多いが。
時計が二次五分前を指すより早く彼女の呼吸が寝息になった。そっと横抱きに抱えると彼女はかすかに身じろいだが、すぐに紅蓮の腕に上手いこと収まって大人しくなる。先ほどの表情と同じく寝顔もどこか幼く見えた。これを拝むことができるのは紅蓮の持つ特権の一つで、そして彼はそれをいたく気に入っている。
おもむろにささやかな欲求が湧き出た。それを少しも阻害する何かはなく、紅蓮は普段の彼を思えばありえないほどすんなりと溢れた心を言葉に変えた。
「…………愛してる、勾」
聞こえていないと思えば簡単に言える。告げてやりたいと思う気持ちはあるが、三十分前に言っていればどんな顔を見せてくれたかなと想像はするが、気持ちと現実は別である。それに彼女の性格を考えれば頑張ったところで「知っている」と笑顔で受け止められそうだ。それが悪いとは決して決して言わないが。
腰を上げ、たまたま置きだしていた誰かがいたりしてそいつと鉢合わせなどしないようにと願いながら彼女の部屋へ向かう。別に何か不都合があるわけではないが、なんというか、たぶん後後面倒くさい。
暦の上では春が来て二週間経ったが冬は名残どころか現在進行形でまだまだ活発だ。廊下も数時間無人だった部屋もひんやり寒い。塞がった両手でしかし器用にドアを空けた紅蓮は、そのまま真っ暗な部屋に入り込み軽い体をベッドに寝かせる。毛布を肩口までかぶせてやったとき、シーツが冷たかったのか、彼女の瞼がかすかに震えて暗闇よりもなお深い黒がうっすらと眠気にぼやけながら開かれた。
「ほら、おやすみ」
紅蓮はそう言って二、三度毛布の上から勾陣の肩を軽く叩いたが、勾陣は相変わらず眠たそうな色を隠そうともしないまま、けれど両手を伸ばして紅蓮の首筋へ絡ませた。
「勾?」
「……もう一度」
簡素な一言に、しかし紅蓮はぎくりと強張った。
わざわざ記憶を振り返るまでもなく心当たりはあって、けれどまさかと思いながら紅蓮は錆びそうな声で聞き返す。
「聞こえてた、の、か?」
だが、たぶん聞き返した言葉が間違っていた。というより、聞き返すという選択が間違っていた。しらを切ってさっさと眠りに追い落とすことだっていまならできたのだとまさにいま気付く。
勾陣は重たげにまじろぎながらのどの奥で笑った。
「ああ。聞こえた」
「いや、あの、あれは」届かないと高をくくっていたからこそ安心して言えた本心であって、安っぽい口説き文句などでは決してなかったけれど、それでもこんな事態は予想外で、紅蓮は何度も口を開閉させる。目が泳ぎ、頬に熱が集まるのが分かった。脈打つ音まで聞こえてきて、全身が心臓になった気分だった。「いや、別に、戯れじゃない、が、あれはその」
完全に混乱しながら腑抜けた顔をして言い訳まで始めた紅蓮に、勾陣は一つ欠伸を噛み殺して「いいから」と言った。
「眠い。から、早く。おかわり」
首に回った腕にきゅうと力が籠る。心臓が跳ねて、息を忘れた。そんな言葉を言わせてなお、逃げることはできなかった。紅蓮は引き結んだ唇を言葉を探してわななかせたあと、泳がせていた視線を彼女に据え、いたくぎこちない動きで白い耳元に口を寄せると、呼吸ひとつ分の静寂を待って、ささやき声で心からの言葉を届け直した。
ふと、紅蓮の肩口に額を押し付けていた勾陣の体からとろとろと力が抜けたのが分かった。
「勾? 眠いか?」
壁掛け時計を確認すると二時七分前を指している。声を潜めて問いかけ少し覗き込むと、ごろごろ喉を鳴らす猫のような表情が八割夢路に引きずられながら辛うじて紅蓮を確認した。そんな顔もするんだなと滅多にお目にかかれない表情ににやける頬を正す努力もしないで、紅蓮は少し体勢を変えて彼女が楽なように引き寄せ支えた。いまベッドに引っ張っていったら逆に起こしてしまうだろう。
幼子を寝かしつける時のように背を撫で、また一定間隔で優しくあやす。勾陣は時折悪気なしの自然体で紅蓮に対し上から目線の子供っぽさを閃かせるが、それは忘れたころにこんな風に可愛げとして顕わになる。頻度で言えば紅蓮を困らせて振り回して面白がる悪質さとして出現する方がよっぽど多いが。
時計が二次五分前を指すより早く彼女の呼吸が寝息になった。そっと横抱きに抱えると彼女はかすかに身じろいだが、すぐに紅蓮の腕に上手いこと収まって大人しくなる。先ほどの表情と同じく寝顔もどこか幼く見えた。これを拝むことができるのは紅蓮の持つ特権の一つで、そして彼はそれをいたく気に入っている。
おもむろにささやかな欲求が湧き出た。それを少しも阻害する何かはなく、紅蓮は普段の彼を思えばありえないほどすんなりと溢れた心を言葉に変えた。
「…………愛してる、勾」
聞こえていないと思えば簡単に言える。告げてやりたいと思う気持ちはあるが、三十分前に言っていればどんな顔を見せてくれたかなと想像はするが、気持ちと現実は別である。それに彼女の性格を考えれば頑張ったところで「知っている」と笑顔で受け止められそうだ。それが悪いとは決して決して言わないが。
腰を上げ、たまたま置きだしていた誰かがいたりしてそいつと鉢合わせなどしないようにと願いながら彼女の部屋へ向かう。別に何か不都合があるわけではないが、なんというか、たぶん後後面倒くさい。
暦の上では春が来て二週間経ったが冬は名残どころか現在進行形でまだまだ活発だ。廊下も数時間無人だった部屋もひんやり寒い。塞がった両手でしかし器用にドアを空けた紅蓮は、そのまま真っ暗な部屋に入り込み軽い体をベッドに寝かせる。毛布を肩口までかぶせてやったとき、シーツが冷たかったのか、彼女の瞼がかすかに震えて暗闇よりもなお深い黒がうっすらと眠気にぼやけながら開かれた。
「ほら、おやすみ」
紅蓮はそう言って二、三度毛布の上から勾陣の肩を軽く叩いたが、勾陣は相変わらず眠たそうな色を隠そうともしないまま、けれど両手を伸ばして紅蓮の首筋へ絡ませた。
「勾?」
「……もう一度」
簡素な一言に、しかし紅蓮はぎくりと強張った。
わざわざ記憶を振り返るまでもなく心当たりはあって、けれどまさかと思いながら紅蓮は錆びそうな声で聞き返す。
「聞こえてた、の、か?」
だが、たぶん聞き返した言葉が間違っていた。というより、聞き返すという選択が間違っていた。しらを切ってさっさと眠りに追い落とすことだっていまならできたのだとまさにいま気付く。
勾陣は重たげにまじろぎながらのどの奥で笑った。
「ああ。聞こえた」
「いや、あの、あれは」届かないと高をくくっていたからこそ安心して言えた本心であって、安っぽい口説き文句などでは決してなかったけれど、それでもこんな事態は予想外で、紅蓮は何度も口を開閉させる。目が泳ぎ、頬に熱が集まるのが分かった。脈打つ音まで聞こえてきて、全身が心臓になった気分だった。「いや、別に、戯れじゃない、が、あれはその」
完全に混乱しながら腑抜けた顔をして言い訳まで始めた紅蓮に、勾陣は一つ欠伸を噛み殺して「いいから」と言った。
「眠い。から、早く。おかわり」
首に回った腕にきゅうと力が籠る。心臓が跳ねて、息を忘れた。そんな言葉を言わせてなお、逃げることはできなかった。紅蓮は引き結んだ唇を言葉を探してわななかせたあと、泳がせていた視線を彼女に据え、いたくぎこちない動きで白い耳元に口を寄せると、呼吸ひとつ分の静寂を待って、ささやき声で心からの言葉を届け直した。
紅蓮は寛容なたちではあるが、それでもへたれだの甲斐性なしだの面倒くさいだの好き放題な言い分に嫌味の一つでも返してやりたい気分になることもある。
「……だったら他の男を探せばいいだろ、俺は別に応援するぞ」
不機嫌も顕わな紅蓮の声に、ここで慌てて弁解するくらいの可愛げがあればいいものを、勾陣はまじまじと彼を見つめてため息交じりの呆れ顔だ。
「拗ねたか?」
そして悪びれもせず返ってくるのはそんな言葉で、紅蓮は思わず半眼になる。別に傷つけたいとかいうつもりではなかったが(半分嘘、喧嘩上等、くらいの心持ちはあった)、もうちょっとこう、反応の仕方というものがあると思う。
「別に」
「はいはい」
あからさまにあやすための手が頭上に伸びてきて、紅蓮は無造作にそれを払った。
勾陣は紅蓮に対して容赦がない、と言うか遠慮がない。それは言葉だったり動作だったり端々に現れて、自分で求めて共に歩むことを決めた相手によくもそこまで、と紅蓮はたまに怒るを通り越して感心する。今更、たとえば天一のように大事に大事に扱ってこられても、天后のようにおどおどとこちらを気にかけてきても、それはそれで気味が悪いが。むしろそんな勾陣はありえなさすぎて想像力が拒否をする。
だからと言っていつもいつも受け流せるほど紅蓮の器は大きくない。
仏頂面を崩さない紅蓮に、勾陣はもうひとつ息を吐き出して肩をすくめた。
「分かった、騰蛇、悪かったよ。言い過ぎた」
引き際が上手いあたり彼女はずるい。普段ならこれでこの話は終いだ。けれど今日はそんな気分にもなれず、紅蓮は黙ったままカップを傾ける。ローテーブルに中身が三分の一ほどの状態で放置していたブラックコーヒーは冷め切っていたく不味い。
みっつめの溜息はひどく静かだった。ソファの隣で彼女が座りなおして深く凭れた気配がする。もしや渋い顔でもしているのかと目線だけでちらりと見やったがその横顔はいつも通りに涼しげだ。
視線に気づいたのか勾陣がこちらを見てきたので慌てて外した。自分はいま怒っているのである。
「……残念なことに、私は男の趣味が最悪でね」
ソファから立ち上がり、勾陣は静かな声でそんなことを言いながら紅蓮の手からひょいとカップを奪った。何を、と思わず顔を上げると、彼女は少し困ったように綺麗な微笑を湛えていて開きかけた口が思わず凍る。
「へたれでも甲斐性なしでも面倒でも何でも、お前以外はいらないんだからまったく我ながら救われないな」
続いた声に全身と思考まで凍った。
そのまま台所へと消えた勾陣だったが、やがて湯気を立てるカップを両手に戻ってくる。紅蓮の分を彼の前のテーブルに置き、彼女自身は先ほどまでと同じように紅蓮の左隣20cmに収まった。
ゆらゆらする湯気をしばし見つめていた紅蓮はおもむろに口を開いた。
「……おい、勾」
声は自分で意識したより低い。
「なんだったんだ、あの台詞は」
「ん? 誰かさんがへそを曲げたままだったから。一種のサービスだな」
「サービスって、お前」
「嘘で口説き文句なんか口にしないから安心しろ」
サービスだろうと口説き文句だろうと内容はともかく言い回しがどこかおかしかった気がする紅蓮だが、それを突っ込もうと隣の彼女へ首を巡らせたところで、勾陣がくつりとのどの奥で笑った音に毒気を抜かれてしまった。
あとは不機嫌を維持するのも面倒になる。かすかな釈然としなさが名残惜しそうに紅蓮の中に留まっているくらいだ。
大きく息を吐いてカップに口をつける。砂糖が入っていてほどよく甘い。
「騰蛇、サービスついでだ」
「ん?」
テーブルの上にまだ湯気を立てているカップを置き、脚は組んでいたのを解いて勾陣は半身を紅蓮に向ける。ソファがほんの少しだけ揺れた。
そして彼女は恥じらう様子も照れる様子も躊躇う様子も一切なく真顔で告げる。
「千年一緒にいるんだ。そういうところまで含めて好きなんだと、それくらい分かれ」
いくら私たちでも千年はそれなりに長いぞと彼女は微笑み、硬直した紅蓮をまじまじと見てまた笑う。
あぁもう敵わない。紅蓮はつられてぎこちなく目尻と頬を緩めた。
「……だったら他の男を探せばいいだろ、俺は別に応援するぞ」
不機嫌も顕わな紅蓮の声に、ここで慌てて弁解するくらいの可愛げがあればいいものを、勾陣はまじまじと彼を見つめてため息交じりの呆れ顔だ。
「拗ねたか?」
そして悪びれもせず返ってくるのはそんな言葉で、紅蓮は思わず半眼になる。別に傷つけたいとかいうつもりではなかったが(半分嘘、喧嘩上等、くらいの心持ちはあった)、もうちょっとこう、反応の仕方というものがあると思う。
「別に」
「はいはい」
あからさまにあやすための手が頭上に伸びてきて、紅蓮は無造作にそれを払った。
勾陣は紅蓮に対して容赦がない、と言うか遠慮がない。それは言葉だったり動作だったり端々に現れて、自分で求めて共に歩むことを決めた相手によくもそこまで、と紅蓮はたまに怒るを通り越して感心する。今更、たとえば天一のように大事に大事に扱ってこられても、天后のようにおどおどとこちらを気にかけてきても、それはそれで気味が悪いが。むしろそんな勾陣はありえなさすぎて想像力が拒否をする。
だからと言っていつもいつも受け流せるほど紅蓮の器は大きくない。
仏頂面を崩さない紅蓮に、勾陣はもうひとつ息を吐き出して肩をすくめた。
「分かった、騰蛇、悪かったよ。言い過ぎた」
引き際が上手いあたり彼女はずるい。普段ならこれでこの話は終いだ。けれど今日はそんな気分にもなれず、紅蓮は黙ったままカップを傾ける。ローテーブルに中身が三分の一ほどの状態で放置していたブラックコーヒーは冷め切っていたく不味い。
みっつめの溜息はひどく静かだった。ソファの隣で彼女が座りなおして深く凭れた気配がする。もしや渋い顔でもしているのかと目線だけでちらりと見やったがその横顔はいつも通りに涼しげだ。
視線に気づいたのか勾陣がこちらを見てきたので慌てて外した。自分はいま怒っているのである。
「……残念なことに、私は男の趣味が最悪でね」
ソファから立ち上がり、勾陣は静かな声でそんなことを言いながら紅蓮の手からひょいとカップを奪った。何を、と思わず顔を上げると、彼女は少し困ったように綺麗な微笑を湛えていて開きかけた口が思わず凍る。
「へたれでも甲斐性なしでも面倒でも何でも、お前以外はいらないんだからまったく我ながら救われないな」
続いた声に全身と思考まで凍った。
そのまま台所へと消えた勾陣だったが、やがて湯気を立てるカップを両手に戻ってくる。紅蓮の分を彼の前のテーブルに置き、彼女自身は先ほどまでと同じように紅蓮の左隣20cmに収まった。
ゆらゆらする湯気をしばし見つめていた紅蓮はおもむろに口を開いた。
「……おい、勾」
声は自分で意識したより低い。
「なんだったんだ、あの台詞は」
「ん? 誰かさんがへそを曲げたままだったから。一種のサービスだな」
「サービスって、お前」
「嘘で口説き文句なんか口にしないから安心しろ」
サービスだろうと口説き文句だろうと内容はともかく言い回しがどこかおかしかった気がする紅蓮だが、それを突っ込もうと隣の彼女へ首を巡らせたところで、勾陣がくつりとのどの奥で笑った音に毒気を抜かれてしまった。
あとは不機嫌を維持するのも面倒になる。かすかな釈然としなさが名残惜しそうに紅蓮の中に留まっているくらいだ。
大きく息を吐いてカップに口をつける。砂糖が入っていてほどよく甘い。
「騰蛇、サービスついでだ」
「ん?」
テーブルの上にまだ湯気を立てているカップを置き、脚は組んでいたのを解いて勾陣は半身を紅蓮に向ける。ソファがほんの少しだけ揺れた。
そして彼女は恥じらう様子も照れる様子も躊躇う様子も一切なく真顔で告げる。
「千年一緒にいるんだ。そういうところまで含めて好きなんだと、それくらい分かれ」
いくら私たちでも千年はそれなりに長いぞと彼女は微笑み、硬直した紅蓮をまじまじと見てまた笑う。
あぁもう敵わない。紅蓮はつられてぎこちなく目尻と頬を緩めた。
